Dunkelheit

□第X夜
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 ――あの時、皆にテーラーとの過去をちゃんと話せなかったのを、悪いとは思っている。だ
けど、私自身も先代が亡くなった跡をあまり良く覚えていない。

 ……思い出せるのは一面に漂う、噎せ返る様な生温かく鉄臭い血霧と、涙が滲む様な吐き気を催す腹の中身の強い香りだけ。そしてもう一つ、自棄に鮮やかに、毒々しいまでの――緋の色。




 

 壁から、掌(タナゴコロ)から、爪先から、顎の先から、髪の先から確かにぽたりぽたりと滴る赤黒い液体。
……隣の割砕かれたガラスに映る、全身元の服の色も判らない程に紅く紅く塗られ、染め上げられた誰か。足元には何かのカタマリが転がっている。
其れは、人間の第一指らしい。臓物の切れ端と頭を蹴飛ばし、ふらふらと其の建物を幽鬼の如き気配の誰か。
轟々と火の手が上がり、時に何かの爆発音も聞こえて来る中、息をするのも咽喉が焼ける様な熱風が吹き抜けたかつて建造物で在った物から一人歩む、誰か。


 …………其れは、私だった。


 其の眼には生気の光の欠片も無く、唯、濁っている。――そう。果てしなく深い虚無だけが湛えられていた。


 ――…酷く不鮮明なもので、思い出せない。
後になって考えると、あの建物にはテーラーが居た事は調べで分かっている。だがあの時の床や壁に転がっていたり、張り付いていたカタマリから考えると、あそこには相当の数が居たはずだ。
組織の人数もあの後かなり減っていた。
外の者達も突然音沙汰が途絶えた者が何十人も居るという噂も聞いた。

 ……きっと、私が殺してしまったのだろう。
部外者を巻き込み、テーラーに踊らされているだけと分かっていた者にまで、己の前を塞ぐならば全て薙倒し、血の道を作ってまで。


 マスターが殺された時に、其の日から数日間記憶が曖昧な個所が在る。
私の目には何も映っていなかった時間。



 ――其ノ時、鬼神ガ目覚メタ――…



→後記

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