Dunkelheit

□第V夜
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 ――約二年後、首領は病に倒れた。
今度は前回の様に軽いものでは無く、もう戦線に立つ事は不可能であり床を離れる事も危ぶまれる状態が続く日も在る様になるまでに病巣は此の男の身体を蝕み、犯していた。
当然、其れに伴い後継者について組織内で話題が上ってくるのは必然で。
誰が後継者になるかと言い合ったり、此の期に乗じて己の昇進を望めないかと考えてみる者も現れる。
其の時リールは周囲からの何か期待など色々篭った熱い視線もちらほらと投げ掛けられた様に感じてはいたが、さして取り合いもせず全て受け流し続けた。
それに今は、首領の世話に掛かり切っている……否、焼かされている。


「別にさっさと逝ってくれても良いんですよ、マスター」

 心にも無いことをさらっとリールは言う。――…そして此の男も又然り。

「おおう、良いさっ!どうせワシなんか……誰にも慕われず、淋しく孤独死するんだっっ!! およよょょょ……」


 どちらも性質の悪い事この上ない奴等である。
 

 その様な二人の遣り取りをドアを隔てた冷たい廊下側から僅かに開いたままある隙間から、リールの方を憎悪に満ちた目で睨め付けていた女が居た。其の女は一度目を瞑り、湧き出てくる感情を抑え、軽く其のドアを叩き部屋へと入って来た。
音が聞こえると同時に、其れ迄のリールからは表情が消え、普段の鉄の顔に戻ったが、相も変わらず男の顔は破顔しまくっていた。


「テーラー、何か用ですか?」

「こらっ!わしの台詞を取るんじゃないっっ!!」


 未だ言うか此の男は。
はー、と他の二人から溜め息が重なり漏れた。
一瞬、テーラーとリールの視線が合ったが、テーラーはさっと其処から目を離す。まるで、其処に居る者を否定し、誰も居なかったかの様に。
そして苦笑しつつ、首領に声を掛ける。


「ボス、具合は如何ですか?組織の者皆心配しております。
 私も、とてもとてもボスの御身体を気兼ねしていて……もう、食事もろくに手が付けられません……」

「いやー、悪いのう。飯もろくに手に付かんとは。
 せめて栄養ドリンクは飲んどけよ?」


 ――…否々、論点其処じゃねぇだろ首領よ。
だがテーラーはそんな彼の抜けた返答にも全く気にせず続ける。


「御心遣い、痛み入ります。
 ――ところでボス、次代は如何される御積もりですか?」

「んー――?」

「差し支えながらも、ワタクシ、テーラー・ジャンパウルがボスの意思と志を継ぎとう思っております」

「ん?あぁ、後継者ね。皆、後の事が気になる用だの。
 うむうむ、尤もな意見だ。意思云々は自由に頑張ってくれ、カッカッカッ」


 此の男は実に飄々として掴み所が無い応えを返す。


「まあ、気にするな。其の内知らせる」

 はっはっはーっ、と人事の如く片付けられたが、透かさずテーラーは食い下がった。


「しっ、しかしながら……っ!」

「…………わしの決めた事に口答えする気か?
 え?テーラーよ」


 先程までとは打って変わり、首領の纏うおちゃらけた雰囲気が底冷えし、誰もが畏縮してしまう様な威圧感と其の冷酷な眼差しに変貌する。
正に、闇夜を生きる殺人集団の首領たる恐怖を孕む空気と風格が一瞬の内に姿を現した。小さく息を呑む音がする。


「――…いえ、何でも御座いません。
 それでは失礼いたします……っ」


 伏目がちに早口で、そうだけテーラーは言い残し、部屋から足早に出て行った。


「ちっ……小娘がっ!
 ボスに取り入ろうたってそうはいかないよ……全く目障りな奴め!!
 ボスもさっさとくたばっちまえば良いのに、しぶとい野郎だ。
 ワタクシが此の手に国をも脅かす権力を捕るたる存在に相応しいのに…――」


 己の持ち場へと続く静かな廊下を闊歩し一人、テーラーは凄まじい形相でぶつぶつ悪態を吐いた。




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