小説

□おにぎり
1ページ/1ページ

宿を出て歩き始めてから四半時。いつものように芭蕉はごねだした。
足が痛い!もぅ歩けない!少し休もう!ほら、あそこに木陰があるよ!ねぇ休もう…?
次の町までかなり距離はある。今日中にそこへ行きたいのだが、今日は日差しが強く、この暑さの中を休みなしで歩き続けるのは確かに困難であろう。体力のない芭蕉ならなおのこと、実際曽良も少し休憩が欲しかった。しばらく続く一本道を見て曽良は言った。
「わかりました。でも少しだけですよ?」
やったねマーフィー君!今日は弟子が優しいよ、と友人に話しかけ芭蕉は木陰に腰かけた。少し早いけどお昼にしようと、宿の女将から今朝貰った包みを開ける。中はおにぎりが2つと沢庵という、とても質素なものであった。そのおにぎりを実に美味しそうに芭蕉は頬張る。子供のようだと曽良は思った。
「おにぎりって良いよね」
「どうしたんですか芭蕉さん。何か変なマンガでも読んだんですか?」
「違うよ!何だよ変なマンガって!!」
「それで?おにぎりの何が良いんですか?」
もぎゅもぎゅごくんと口の中のおにぎりを胃におさめ、芭蕉はうーん…何て言えば良いのかなぁと暫く考え込んだが、やがてにっこりと微笑み
「おにぎりってさ、ただの米の塊だけど、愛情も一緒にぎゅって握られてる感
じがしない?」
と言った。
「愛情…ですか?」
「そぅ、作ってくれた人の愛情だよ。一つ一つにぎゅうって。だから美味しいんだね」
そう言ってまた一口頬張る。幸せそうに。
それを見て曽良はあぁそうだったのかと気付いた。
だからこの人は美味しそうに、幸せそうに食べるのか。愛情を感じているから、それに感謝しているから。それを噛み締めるようにゆっくりゆっくり食べるのか。たった一つのおにぎりでさえ―――…。

いつものように先に食べ終え、さっさと支度を整える。おにぎり1つだけの昼食だったが、不思議と腹は満たされた。相変わらず呑気に友人に語りかけている芭蕉に蹴りを入れ、早くしてくださいと急かす。文句を言いつつ支度を整える芭蕉に、曽良はぽつりと
「芭蕉さん、いつか僕にもおにぎりを握って下さいね」
小さく言った。
暫くキョトンとしていた芭蕉だったが、やがて満面の笑みで
「具は何が良い?梅干し?昆布?それともツナ?」
と答えるのであった。


日は高く、次の町までまだ遠い――
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ