献上品

□好きな人になりたくて
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放課後を目前した教室というのは騒がしいもので、生徒達はホームルームの開始を待ちながら好きなように過ごしていた。そして、その中でも更に好きに過ごす生徒が一人。 その小柄な男子高生は、帰り支度を終えるや否や体育館に向き合って走り出した。
「くぉらーーー! 大門、まだホームルーム残ってんだぞ!!!!」
不幸にも担任に出くわし、大声を出して追いすがる教師の手をひらひらと逃れ、彼は部活へ消えていった。 明日は出ろよ、と怒鳴る教師の声も彼にはもう届いてない。 

まだ誰もいないシンとした体育館に入って準備運動をしながらチームのみんなを待つのが春吉の入部以来の日課だ。チームに合流する瞬間、自分がその一員でもう一人じゃないと実感できて好きなのだ。 チームに入れて仲間ができると、バスケがますます楽しくなった。そして、みんなといるだけで楽しくなった。
そんな当たり前のようなことが春吉にとってはどれも初めてで、だからもう一つ当たり前のことも彼は知らなかった。
「みんな」でくくれない「特別」な人を、人間は作ってしまうということ。


好きな人になりたくて








体育館特有の重いドアを開け風通しをよくして、まだ涼しい風を入れる。さわさわと揺れる木の葉から透けて見える太陽に目を細める。すると、バタバタと騒がしい足音と一緒に、二番目に体育館にいつもより早く狭山が現れた。
「あっれー! またお前が一番乗りかよ」
「はい! またオレの勝ちですねー」
「ちぇー、今までオイラが一番だったのにー!」
狭山先輩は部活だけはまじめで、ボクが入部するまではいつも一番のりだったらしい。だから、ボクは一番に来るのだと思う。こうして狭山先輩と話せるのが楽しくて、嬉しくて、先輩を体育館で迎えるのが好きだから。
「明日は絶対オイラが勝つかんな!」
にししと笑いながら隣で準備体操を始める彼を見て、初めて会ったときを思い出す。
狭山の優雅なプレーに惹かれた瞬間をまだ覚えている。あんな風にボールや敵までもを操るようなプレーを見るのは初めてだった。 でも、今はどうなんだろう。
「先輩、今日もドリブル教えてください!」
プレーに惹かれただけなら、なんで部活でしか会えないことがこんなにも切ないんだろう。




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