献上品
□きっと春が好きになる
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……暑い。
……こんなとこでいつまで待たせるんだ、あのチビ。
………しかも、
うるさい。
割と緑の多いこの学校では、たくさんの蝉が賑やかに鳴き声を響かせている。しかし、夏の風物詩とはいえ、こうも盛大にミンミン鳴かれると喧しくてかなわない。 なかなか姿を表さない待ち人はまだボール磨きだろう。素直に手伝いを言い出せなかった自分を棚に上げ、トロイ奴だから仕方ないかと迎えに体育館へと足を向けた。
「………」
わざわざ迎えに行って見つけた彼は、西日の中ボールに囲まれて寝息を立てていた。 そばの窓近くには大きなきがあるから、日陰でボールを磨いているうちに寝てしまったのだろう。
ただ、今はもう日が傾き、ばっちり直射日光を浴びている彼はかなり寝苦しそうだった。
「………おい、起きろ。 今日、一緒に帰んだろ」
よくこんな暑いのに寝ていられるもんだと感心しつつ、春吉に日が当たらないように近くまで近づき腰を下ろした。
「あっつー。 ……あれ、須藤…君?」
「お前、よくこんなところで寝てられんな。 暑いし、うるせーし」
「え? …ああ、蝉かあ。どおりで最近暑いと思ったら…もう夏だねえ」
「…お前、寝ぼけてんのか?」
「えっ!?ボクそんな変なこと言った? 蝉が鳴くと夏だなあって思うじゃん」
「……普通、その前に暑くなってきたらそう思うもんなんじゃねえの?」
普通、はそうらしい。オレの場合は寒くなるとアイツのことを一層思い出して、気づくともう蝉が鳴いている。
それでいい。 おれは穏やかな季節を忘れたままでいいんだ。
「ボクは、春にユニフォームもらえるようにって、毎年毎年必死だからさ。 それで毎年毎年ユニフォームもらえなくて、また必死に練習して、気づくとうわもう夏だっ!の繰り返しー」
「お前、春生まれじゃなかったか?」
「ん? あーそうだけど、どうして?」
「だったら、もっと春楽しめよ」
きっとお前は、似合うから。
「へえー、須藤君てもしかして……季節の中で春が一番好き?」
「え?」
「だって、今ボクに楽しめって」
「それは…!」
『お前が生まれた季節だから』
………なんて、言えるか!
「それは?」
春吉が何かを期待するような眼をして、見上げて来た。 こいつはチビだから上目づかいは無自覚。 ……そう、分かっているはずなんだが…
「来年からは、好きになれるかもな」
「は? なにそれ?なんで?」
「うるせー。 置いてくぞちび」
「酷っ!!」
今まで、春になる度罪悪感で心が重くて。
春なんて嫌いだった。
でも、
来年は、あのきれいな季節をちゃんと楽しめる気がする。
こいつがこうして隣にいてくれたら。
「ほら、早く来い」
早く、オレの隣に来い。