献上品

□名前を呼んで
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 「春吉ーっ! 帰るぞー!!」


 部活が終わっても今だに部員達に囲まれ姿の見えない彼を待ちほうけていた狭山は、体育館中に響く無駄に大きな声で呼んだ。 取り巻きがやれやれといった風に春吉を解放してやり、人垣が割れるとようやく、春吉の姿が現れた。 周りに一人一人断りを入れながらこちらに近づいてくる春吉に、更に狭山はイラついた。

 「すいません!お待たせしましたーっ!!」

 息せき切って自分に向かってくる春吉がかわいいから、毎日こうして待たされるのは嫌いじゃなかった。 ……ただ。

 「すみません、先輩! またボクのせいで帰り遅くなって……」
 暗くなった通学路を二人で帰るのも、嫌いじゃない。
 「別にそんなこと、気にしてねーよ」
 ただ、

 「先輩?」

 他の奴と同じ呼び方されるのだけは嫌いだった。 だってオイラはただの先輩じゃないじゃん。


 「春吉」

 「はい?」

 「春吉!」

 「は、はい!」
 ……バカらし…

 「……もういい。 帰るぞ」

 「え? 待って下さいよ!先輩!!」

 名前呼んでもらってもらえなくてすねるなんて…、ガキか。

 「ちょっと! 先輩、何か怒ってません?」

 そうだ。ただの先輩っぽいのが嫌なら、今度手えつないで部活行ってやれ。

 「ちょっと!ボクと先輩じゃ足の長さが…!! って、聞いてますっ!? 幸隆先輩ってばあ!」

 ただ自分の名前に反応したにしては速すぎる反応で、狭山は春吉を振り返った。 早歩きで狭山を追いかけていた背の小さい彼は、ようやく自分に振り向いてくれたのに足を緩め、やっと止まってくれたと狭山の近くに来てから立ち止まった。
 街頭の灯りを白いシャツが反射してるせいだろうか、春吉の顔が暗いのにしっかり見える。 でも、いつにもましてきれいに見えるのは、街頭のせいじゃない。


 「……今」

 「……?」

 「春吉」

 「……幸隆先輩?」

 「お前、オイラのこと名前で呼んでたっけ? しかも、下の名前だったっけ?」

 「え? ああ、そういえば先輩達の前では呼んだことなかったですね」
 「いや、今まで全然なかったぞ!? 一回もなかった!」
 「え? 数えてたんですか?」
 「い、いやっ!?別に数えてなんてねえよ! 行くぞっ!!」
 カッコ悪……。

 春吉の顔を見ていられなくなって、今度は勢いよく前を向いた。そして、また足早に進もうとしたのに、シャツの背中をつかまれて進めなかった。

 「……春吉?」
 「こっち向かないで!」
 「は?」
 「このまま聞いて下さい」

 自分にしがみついている春吉を見たかったのに、遮られてしまった。 春吉を見られないのと、背中に感じる少し高めの体温とで嬉しい反面、少しもったいない。
 聞けと言っておいてしばらく何も言わなかった春吉が、ようやく話し始めた。
 「ボクは、数えてました」

 「は? 何を?」 「先輩がボクの名前呼んでくれた回数…」
 「え?オイラめっちゃ呼んでたじゃんっ!?」
  「だからボクめっちゃ数えましたよっ!!」

 「……なん…」
「だって、初めてだったんです。 ここのバスケ部の先輩達、最初みんなチビとかこいつとかって呼んでたでしょ。ああ!そんなの今さら慣れてるんですけど! でも、幸隆先輩だけは真っ先にボクの名前呼んでくれて…、しかも、対戦まで楽しそうにしてくれて……。 バスケ始めて、あの時が初めてだったんです。ボクがバスケットプレイヤーとして認められた気がしたの」
 「……春吉」

 名前呼ばれて嬉しかった理由がバスケなのは悔しいけど…。

 「お前は絶対うまくなる!オイラが保証するんだから間違いなーし!!」
 「は、はいっ!」
 ようやく振り返ると春吉は本当に嬉しそうだった。


 今はこいつが笑ってくれるなら、それがバスケ関係でもいいや。 きっとこいつはうまくなって、ちょっとやそっとのプレーじゃ満足できなくなる。


 そしたら、こいつを喜ばせるのはオイラが独占してやる。





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