長編

□02.白と生徒手帳
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昨日、彼女を(若干)意識してから今までの自分がどれだけ馬鹿なのか思い知った。
まず屋上で知り合ってからもう二ヶ月が経つのに、名前を知らないこと。
挙げ句、同学年と云う情報しか持ち合わせてない俺はクラスすらも判らない。
この二ヶ月、俺は何をしてたんじゃ…。


「あー、来たー」
「………プリ」


いつも通り昼休みの余った時間で屋上に昇ってみると先に彼女が居た。
今日は自分で買って来たのか、シャボン玉を一人で吹いていたようだ。


「わざわざ買ったんか?シャボン玉」
「うん。昨日やったら楽しくてー。帰りに買っちゃったの」


あまり風がない今日、シャボン玉はゆらゆらと揺れては割れとった。
割れて減れば、増やしていくと云う作業を彼女は繰り返す。


「のう、今更なこといくつか訊いてもいいか?」
「応えられる範囲ならいいよー」
「お前さん、クラスは?」
「んとねー、あ、面白い友達がいてね、ジャッコーくんっていうんだけど、その人とクラス一緒だよ」


…………ジャッコー?
そんな名前の奴、うちの学年に居たか?
いや、待てよ。
似たようなやつは判るけど、まさか………。


「……誰じゃ?ジャッコーって」
「んとね、ジャッカル……桑原くん?あれ?苗字うろ覚えだー」


実に楽しそうに爆弾発言をくれた彼女は相変わらず笑顔で。
対して俺は予想したとはいえ、意外な繋がりに愕然とする他なかった。


「…仲、いいんか?ジャッカルと」
「うん!いつも優しいんだよ、ジャッコーくん。ジャッコーくんのこと知ってるの?」
「知っとるも何も、部活一緒じゃよ」
「そうなの?じゃあテニス部なんだね!」


テニス部だと云うのがそんなに嬉しいのか、シャボン玉を吹くのも忘れとる。
というか、やらんならフタしろ、フタ。
こぼしたら、しゅんとするくせに。
そんな顔、俺は見たくないぜよ。

ただ意外にも俺の心配を余所にきちんと地面に置くと、俺をじぃっ…、と見詰めてきた。
……今日は何じゃ?
シャボン玉なら自分のがまだあるしの…。


「ね、ね!参謀って、キミ?」
「………は?」
「じゃあ、ジェントルマン?」
「や、ちょっと、待ちんしゃい…」
「後なんだっけー、あ、達人?」


彼女から矢継ぎ早に質問を浴びせられたと思ったら、レギュラーの異名だった。
というか、参謀二回出とるんじゃけど。
何か羨ましい……。


「全部俺じゃなか。俺はコート上の詐欺師じゃよ」
「詐欺師!?駄目だよ!オレオレ詐欺は!」
「テニスの異名なんやし、オレオレ詐欺はせんよ」
「あ、そかそか。じゃあ何で詐欺師なの?」


……何て説明したらいいん?
ここで、
『試合中に人と入れ替わったり、化けたりするんじゃよ☆』
なんて言ったら話がずれそうだ。
いや、間違いなくずれる。


「あー……。何て言うか、説明しにくいんよ、俺のテニス。じゃから、今度に見に来んしゃい」
「あたしが行ってもいいの?」
「来るなら事前に言ってくれると助かるのう。来る時は教えてくれると嬉しいナリ」
「うん、判った!じゃあ今度見に行くね!ケータイ、ケータイ、と…」


ケータイにメモしたいのか、持って来ていた鞄を漁る彼女。
次々と物を出していくが、中々出てこないらしい。


「あったあったー。えーっと…テニス、と!よし、ちゃんと打ったからもう大丈夫!」
「ちゃんと言うの、忘れないようにな」
「うん!あ、あたしね、次から移動だからもう行くね!また明日!」


シャボン玉を大切そうに入れた彼女は、スカートを翻して屋上から去って行った。
……白レースなんか、見てないぜよ。
ってか、スカートなんじゃから少しくらい気にした方がいいじゃろ、うん。


「…あ、名前、訊くの忘れた…」


結局彼女に流された。
いつも気付かない内に乗せられてるんだから、おかしくなってくる。


(ってか、なんか置いてっとるし)


近くに寄ると、それは彼女が鞄から引っ張り出した私物ばかりだった。
如何にも女子っぽい持ち物、殆ど一式置いてっとる。
仕舞い忘れと言っても、数が多過ぎる…。


(ガムケースに、財布とポーチが二つ……。と、これ、)


他の荷物の下敷きにされていたそれは、彼女の生徒手帳。
ってことは…。


(…名前、判るんじゃなか?)


証明書はないとしても最悪、先頭のページには名前くらい書いてあるじゃろ。
……彼女なら、書いてなくてもあんまり不思議でもないが。
ゆっくりと拾い上げてみると、やはり証明書がないことがすぐに判った。
彼女の名前を知るという行為一つが、やたらと手を震わせる。


(苗字……名前…)


名前の欄に記されていた意外にも綺麗な文字。
苗字名前。
そう頭の中で何度も繰り返しながら、生徒手帳を見つめた。
これで、名前を呼ぶことができる。
そんな小っぽけな進展に、思わず口角が上がった。



白と生徒手帳


クラスを知った。
名前も知った。
それに、片想いってのはいつだって小さなことにも一喜一憂すると今更ながらに知った。
彼女の生徒手帳を片手に午後一番の授業を告げるチャイムがやたら遠くで響いた、気がする。




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