長編

□03.黒と疑問
1ページ/1ページ



その後、彼女に会うことはなく今朝の俺の鞄に彼女の私物は収まっていた。
どうしたらあんなに入れ忘れるんだか、本当に謎じゃ…。


(今日は生徒会が服装検査しとるし、校門通りたくないのー…)


まあ髪はペテン用のウィッグで黒いし、服装も何ら問題はない。
今、そこの角で直したんじゃけどな。
とりあえず、俺は堂々と通れるわけだ。


「あれっ?本当にないー」
「本当にその髪、地毛なんですか?」
「本当だよ!だって、いつも生徒手帳見せたら通してもらえてたんだから!」


校門前で、何やら柳生と揉めとる女子がいると思ったら、彼女じゃった。
内容からするに、生徒手帳がなくて頭髪で引っ掛かりそうになっとるのが判った。
さすがに、助けてやらんと可哀相か…。


「よぉ、やーぎゅ」
「仁王くんですか、おはようございます」
「この子、離してやりんしゃい」
「駄目ですよ。彼女、地毛だと言うんですが、証明出来る生徒手帳を持ってないんです」
「あるぜよ。ほら」


ポケットに入れといた生徒手帳を柳生に差し出せば、彼女と柳生は驚いた表情を俺に向けた。
おー、いい反応ナリ。


「どうしてあたしの生徒手帳持ってるの?」
「昨日、屋上でガムケースに財布、それにポーチ二つと一緒に置いてったの、拾っといたんじゃ」
「お財布もあったんだ!拾ってくれてありがとうねー」


彼女に私物を返してやってる間に柳生のチェックも終わり、彼女は生徒指導に引っ掛からずに済んだ。
横で嬉しそうに笑っとる。


「助かったよー!本当にありがとう!」
「どーいたしまして。しかし、どうやったらあんなに忘れるんじゃ?」
「よくやっちゃうんだー。クラスにいるときはジャッコーくんが持っててくれるの」


彼女にとってのジャッカルが垣間見えた。
相変わらず、人に使われとるみたいだ。
……それすらも、少し羨ましいと思ったのはここだけの話。










教室に行くまでの間、彼女が絶えず話とった。
決して、彼女と、ではなか。
俺は相槌打つくらいじゃったし。


「あたし、あっちだからじゃあねー」
「おん。じゃあの、苗字名前さん」


俺が彼女の名前を口にすると、完全に動きを止めた。
表情すらも、凍ったように動かない。


「…名前、どうして……?」
「生徒手帳に書いてあったからの。見させてもらったんじゃ」
「………それだけ、だよね?」
「……は?」
「な、何でもない!じゃあね!」


早口にそれだけ言うと、彼女はいつもの笑顔で走り去って行った。
何だったんだ、今の間に、反応は。
明らかに、変だった。


(名前、呼んだらいけんかったんか?)


名前を呼んだらいけん、だなんて。
何かのB級映画の設定にありそうなことがあるわけなか。
教室に入り、自分の座席に座っても考えは続く。


(まぁ、ただ単にびっくりしただけじゃろ。今まで呼んだことなかったから)


じゃあ、さっきの『それだけ?』って何なんじゃ?
さっきの会話からして、脈絡がなさ過ぎる。


「……………判らん」
「判んねぇのはお前の心境の変化だぜ…仁王」


口を突いて出た独り言に、隣りに来たブン太が答えた。
心境の変化?
彼女のことが気になる、とか言った類いのこと、ブン太に話しとらんし……。


「何のことじゃ?心境の変化って」
「はぁ!?お前、そんなことしといて何もねぇとは言わせねぇぞ!?」
「だから、何のことか訊いとるんじゃけど」
「髪だよ、髪!何で今更真っ黒にしたんだよ!?」
「、あ」


ウィッグ取るの、忘れとった。



黒と疑問


ウィッグを取るとまた一つ、不思議に思った。
好奇心旺盛な彼女が、何で髪色に一言も触れなかったんじゃろう?
机上へと無造作に投げたウィッグを見て考えた。
……答えは当然、導けない。




.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ