長編

□04.銀と虚言
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クラスに着く迄の距離がやたら長く感じる。
ついに、名前を知られてしまった。
言うつもりなんてなかったのに。


「苗字、おはよう」
「……おはよう、ジャッコーくん」


教室に着くと、あたしの後ろの席のジャッコーくんが挨拶をくれた。
駄目。
いつもみたいにしてないと。
ジャッコーくんは、人をよく見てるから。
ちゃんとしないとばれちゃう。


「あ、お前、後ろ髪跳ねてるぞ」
「わっ。うそ!」
「まあ少しだから後で直しに行けよ」
「うん。ありがとー」


大丈夫。
気付かれなかった。
後は、あたしが頑張ればいいだけ。


「ね、一つ訊いていい?」
「何だ?」
「ジャッコーくんの部活の髪が銀色の人、名前、なんていうのー?」
「ああ仁王のことか。仁王雅治って云うんだ。で、どうかしたのか?」
「屋上でよく会うんだー。でも名前、知らなくて」


うそ。
知らないんじゃない。
知ろうとしなかったんだ。
直接訊いて、自分の名前を訊かれるのが怖かったから。


「あいつ、よく屋上に居るからな。苗字と同じで」
「毎日会うんだよー。あ、ジャッコーくん、今日部活ある?」
「あるが、どうかしたか?」
「におーくん、見に来ていいよ、って言ってくれたから今日行こうと思って」


あたしがそう告げると、ジャッコーくんは目を丸くした。
何にそんな驚いてるんだろ?
あたし、何か変なこと言った?


「仁王がそう言ったのか?」
「うん。来るなら事前に言ってくれ、って言われたけどねー」
「そうか、仁王がな……。なあ苗字。来てもいいけどよ、仁王には言うなよ」
「ん?何で?」
「何でもだ。いいな?」
「りょーかい。黙って行くね!」


あたしがジャッコーくんの意見を大人しく聞くと、頭をわしゃわしゃと撫でられた。
荒い撫で方だけど、あたしは好き。
おにーちゃんみたいなジャッコーくん。
とりあえず、におーくんに会ったらどうしようか。
普通に接するのって、やっぱり難しいな……。










「で、今日来るんか?」


お昼休み。
いつもより遅く行くと、におーくんは居た。
今日はシャボン玉ないんだ…。


「今日は用事あるから行けないんだぁ。ごめんね」
「ん、判った。暇な時でよかよ」


今日はいっぱい嘘吐いてる。
今のは仕方ないけど。


「そういえばね、ジャッコーくんから名前聞いちゃった」
「何で俺に訊かんかったんじゃ?」
「名前見た仕返しー。なんてね」


におーくんはうっすらと笑ってあたしを見た。
優しい、笑顔。
その笑顔が、何だかとても心地いい気がする。


「におーくんさ、何であたしと話してくれるのー?」
「理由ないと、苗字さんとは話したらいけんの?」
「…ううん。何となく言っただけ。流してー」


隣りに並ぶと視界の端が銀色に輝く。
綺麗な銀髪。
柔らかそう、……いいなぁ、銀。


「あたしねー、におーくんの髪色好き」
「俺も苗字さんの色好きじゃよ」
「、うそだぁ」


この髪色、どれだけ恨めしく思ったか。
染めようと何度も思った。
こんな日本人離れした色なんて大嫌いで。
好き、だなんて言われたこと一度だってなかったのに。


「綺麗じゃよ。地毛でこれは、羨ましか」
「……ありがとうー。嬉しい」
「俺、次体育じゃからもう行くぜよ。授業、サボらんようにな」
「うん。またねー」
「また、な」


去り際に、微かに口角を上げてあたしを見て頭に手を乗せた。
さらり、と一度だけ撫でて背中を向ける。
におーくんが音を立てて閉めた扉を、あたしはずっと見つめていた。
暫くして、頭に手を添えてみる。


「……なんだろ、今の」


ジャッコーくんとは違った。
撫で方がどうとかじゃなくて。
どうしよ、心臓痛い、うるさい。
ああ、これって。


「…恋、ってやつだぁ」


口にすると、心臓が更に痛いくらいに鳴った。



銀と虚言


結局次の授業はサボることにした。
だって、こんな状態で授業なんか受けられない。
また、嘘吐いちゃったよ。




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