長編

□05.橙と消したい事実
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結局、授業は六限目しか受けなかった。
一人で気持ちの整理してたら、時間はあっという間に過ぎていて。
すぐに放課後を迎えることになった。


(ジャッコーくん、丸井くんに用があるとかで先に行っちゃったなー…)


丸井くんはよく、ジャッコーくんに会いに来るから知ってる。
いつも物貸して、とか、お菓子くれ、とかの用で来る明るい人。
赤髪がよく似合ってる、そんな第一印象だった。


(…………なんかギャラリー凄くない?)


テニスコートに近付く頃には、視覚的に判った。
すごすぎるよ、あの人集りは。
なるべく人が少ない場所を探し、フェンスの一番に行くことができた。
これならジャッコーくんやにおーくんをちゃんと見られるかな。


(みんな真剣だあ…。あ、におーくんも頑張ってる)


この間、あたしを服装指導しようとした眼鏡の人とラリーしてる。
あの人もテニス部だったんだ…。
周りの女の子の歓声(ある意味悲鳴)が最初は気になったけど。
そんなことどうでもいいくらいに、あたしはテニスに魅入ってた。
目が釘付けになるって云うのはこういうことなんだ、なんて頭の何処かで考えてたらいつもの間にか休憩時間になっていた。
あたし、どれだけ夢中で見てたんだろう。


「ジャッカルー、タオルくれー」
「ほらよ!お、苗字ー!」


急にジャッコーくんが大声であたしの名前を呼んだ。
しかも、手を振りながら。
……そんなオプションいらないよ、ジャッコーくん。
ギャラリーの方々の視線が痛い。
なんか、マジで刺さってる感じがするのは気のせいじゃないよね。
ラケット片手にジャッコーくんが近付いて来た。
何かみなさんの視線が余計ひどくなった気がするんだけど…。


「ちゃんと見に来たか」
「あたしは約束すっぽかしたりしないですよー」
「お前、よく俺が言ったこと忘れるだろ!」
「そうだっけ?」


ジャッコーくんと話してると少し離れた所で、におーくんが目を丸くしてあたしを凝視していた。
驚いた顔、初めて見た。
ゆっくりと歩いて来る間に、いつもの表情に戻ってたけど。


「……苗字さん、今日来れんって言うてたんじゃなか?」
「それがね、用事なくなっちゃんだー。だから来たんだけど…ダメ、だったかな?」
「そんなことないぜよ。俺のテニス見ちょった?」
「うん。におーくん、真面目に頑張ってたねー」


そうあたしが口にすると、におーくんは優しく笑い掛けてくれた。
この笑顔、好きだなぁ。


「今日は詐欺師の由縁っぽいテニスせんけぇ、見てて退屈じゃったろ?」
「ううん、すぐに時間過ぎちゃったし。面白かったよー」
「ならよかったナリ。…苗字さん、ちょいといい?」


におーくんがフェンス越しに顔を近付けたから、あたしは耳を傾けてみる。
すると、小さな声でそっと囁かれた。
頭でそれを理解するのに、変に時間を使う。


「……え?」
「な、約束じゃから。破らんで」


それだけ言うと、におーくんは眼鏡の人のところに戻ってしまって。
断ることも出来なかった。


「仁王、なんだって?」
「………帰り、暗くて危ないから送るって」
「仁王が、か?」
「…あたし、帰るね」


ジャッコーくんの制止を無視して、逃げるようにテニスコートに背中を向けて走った。
一緒に帰るなんて、できるわけない。
におーくんには悪いけど、また約束を破るしかなかった。
ごめんね、本当にごめんなさい。
まだ空は明るいのに、あたしはひたすらに走り続けた。



橙と消したい事実


家に着いたら、勝手に涙が零れた。
人生がリセット出来るなら、今すぐしてしまいたいと出来もしないことを心から思ったから。
気付いたら、眩しかった夕陽は沈んで部屋は真っ暗になっていた。




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