長編

□06.青紫と決意
1ページ/1ページ



せっかく部活が終わったら一緒に帰る約束をしたのに、いざ終わったら苗字さんはいなくなっていた。
ジャッカルに訊いても判らないの一点張り。
仕方ないから今日、昼休みにいつも通り屋上へ向かっとる。
何となく、屋上に行けば会える気がしたから。


「あ、おはよー。におーくん」
「……おはよーさん」


何かあったようには見えん苗字さん。
隣りに座っても、変化があったとは思えんし…。
ふぅ、と息を吐くと苗字さんが呟いた。


「?…今、何か言うた?」
「その、昨日はごめんね?先に帰っちゃって」
「ああ、平気じゃよ。やっぱり用事あったんか?」
「そうじゃないんだけどね、ちょっと都合悪くなっちゃってー」


へにゃり、と表情を崩して笑う苗字さん。
それに僅かな違和感を感じたけど、気のせいだと思い、すぐに考えることを止めた。
今の俺にとって、苗字さんと一緒にいることの方が大事じゃし。


「苗字さんって、お昼ちゃんと食べとる?」
「食べてるよー。何で?」
「すっごい手足細いきに、少し心配じゃったから」
「………心配?」
「ん。苗字さん、色白いから余計にか細く見えるしの」


そう言えば苗字さんは何だか哀しそうに笑った。
……いけんこと言ってしまったんか?


「…俺、悪いこと言うた?」
「ううん。そうじゃなくて…。何か、どんな顔していいか判らなくて」


ゆっくりとした苗字さん独特の喋り方ではない、ぽつり、と言葉を零す感じの口調。
彼女の横顔は何を思っているか判らない、複雑なもので。
ただ黙って、苗字さんの隣りでその顔を窺うしか出来なかった。
長い睫毛が伏せられて、顔に影を落とすばかりで俺の方を見ることもない。

そうして何も話さずにさらさらと流れるブロンドの髪を見ていると、こつん、と肩に頭が乗った。
どうも、知らん間に眠ってたらしい。


「綺麗じゃな…、苗字さんの髪は」


独り言を呟いてその髪に手を伸ばす。
細めのそれは、手から擦り抜けていくばかり。


(色白でブロンド…。外人さんみたいナリ)


この髪が地毛なんだから、ハーフなのか。
きっと、苗字さんみたいな綺麗な両親なんじゃろう。
そ、と手を取ると薄手のカーディガンがするすると落ちて、細っこい腕が出た。
その腕を見て、思わず動きを止めた。


(……痣の、跡…)


うっすらと残っとる内出血の跡。
もう治りかけとるのか、薄くて判りにくいがそんなのがいくつもあった。


(なん、で…こんなに……)


指先に視線を走らせると、白くて小っさい手の甲に不釣り合いな赤が浮かんでいるのに気が付いた。
これ、どこかで見覚えある気が……。


「にお……くん…?」
「起こした、か…?」
「んーん。寝ちゃってたみたいでごめんねー…」
「…平気じゃよ。なぁ、苗字さん」
「なにー?」
「明日から、俺と一緒に居てくれん?」
「………え?」


突然の提案に、苗字さんが首を傾げる。
そりゃそうじゃろう、いきなりこんなこと言われれば驚くのは当たり前。
でも傍に居れば何か気付けるかもしれん。
痣の理由とか、苗字さんの知らんところをもっと。
好きだからこそ、知りたいんじゃ。


「一緒って…どうしたらいいの?」
「まず、休み時間は毎回俺が会いに行く。苗字さんは部活見に来る。後、昼は一緒に食う。よか?」
「え?え?待ってよ、におーくん。何でそんなにいっぱい?」
「苗字さんと仲良くなりたいからじゃいけん?」


俺がそう言えば、苗字さんは驚いたような顔をした。
大きな眼が、余計大きく見える。


「っ…あたし!そんな約束しないから!」


俺は横を走り抜けてった苗字さんを止めようとは思わなかった。
明日から、ゆっくりと近付けばいいだなんて思ったから。



青紫と決意


好きなんじゃ。
苗字さんの笑った顔が。
だから、彼女に何も考えず笑って欲しくなった。
そのためなら、何だってする。
そう、決めた。




.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ