長編

□07.消えたブロンドと離した手
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たっ、たっ、たっ。
規則正しい音が目の前を駆ける。
苗字さんはあの屋上での会話以来、逃げ回るようになった。
短い休み時間は何故か逃げないからまだいい。
じゃけど、昼休みと放課後は逃げる逃げる。
意外に足が早くて少しだけ大変だったりする。


「つーかまーえた、っと」
「やだ!!放してー!」
「約束したじゃろ。一緒にお昼食べるって」
「あたしはしてない!放し、てっ!」
「はいはい。屋上に着いたらのー」


苗字さんの教室で掻っ攫って来たパンと自分の弁当を右手に、苗字さんを左手にずるずると歩く。
苗字さん、本気で嫌がっとるんか歩く速さも遅いったらなんの。


「いやだっ、におーくんとはご飯しないー!」
「諦めんしゃい。約束だからの」
「してないってば!そんな約束!」
「俺が言ったら約束は約束じゃ」


そう口にすると急に苗字さんは静かになった。
心なしか抵抗も弱くなって、振り返ると大きな目を限界まで開いて俺を見ていた。
握ってる手が小刻みに震えている。


「………苗字さん?」
「っ…な、何でも、ない。……お昼にしよっか」


へらり、と笑うと苗字さんが先に歩き出した。
あれだけ嫌がってたのに、まるで人が変わったように矢継ぎ早に提案をしてくる。
繋いでる手はまだ、震えたまま。


「、苗字さん」
「屋上、涼しいかなー」
「苗字さん、ちょっと待って」
「もっと暑くなったら別のとこ考えなきゃだね」
「苗字さん!!」


びくっ、と苗字さんの躯が跳ねる。
明らかに何かに怯えてるような反応。
小さな背中からは、それ以外に何も読み取れない。
……やっぱり、俺じゃ駄目だったんか。


「…俺な、苗字さんがほんとに笑っててくれんと嫌なんじゃ」
「…………」
「だから、無理してるなら……全部やめる。苗字さんが本当に嫌なら、もう会いにも行かん」
「…におー、くん」
「決めくれんか?これ以上苗字さんに嫌われるようなことは、したくなか」


繋いでいた手の力を抜く。
これで苗字さんが手を離せばお互いの腕は落ちる。
もう、繋がることもなくなる。


「……………ごめん、ね」


する、と離された手。
力なく俺の腕はあるべき位置に戻った。


「……屋上にも行かん。だから、苗字さんが行きんしゃい」
「ううん。におーくんが行って。あたしにはもう、行く意味、ないから」


小さく笑った苗字さんはそのまま俺の横を擦り抜けて行った。
久し振りの、笑顔だった。


(何をしとったんじゃろ、俺)


思い返せば、屋上で話してた頃よりも苗字さんの笑顔はずっとずっと減っていた。
無邪気にシャボン玉も吹かなくなった。
どこか抜けてるようなことも少なくなってた。
俺が近付けば近付くほど、笑わなくなってた。
俺は、あの笑顔を奪っただけ。


(なにが、本気じゃ……)


どうやって距離を埋めていいか判らなかった。
本気になって、自分から求めたことなかんかなかったから。
言い訳がましい、稚拙な答え。


(もう、遅い。なにもかも、もう遅いんじゃ)


手を離したのは他ならぬ、俺。
苗字さんもそれに合意した。
なら、もう戻れん。
あの、屋上で名前も知らずにいた日には。


(だいすきじゃ。今まで出逢った人の中で、いちばん)


この気持ちは忘れない。
同時に、もう二度と感じることもない。
そんな、初恋。



消えたブロンドと離した手


小さな手を握っていた感覚が、いつまで経っても消えなくて。
弱く、脆い決意をしたあの日を忘れてしまいたかった。




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