企画部屋

□報われないって知ってるのに
1ページ/1ページ



「弦一郎」
「あぁ名前か。どうした?」


放課後、テニスバッグを背負って部活に行こうとするのをあたしは呼び止めた。
まだ帽子を被ってない弦一郎の髪が何処からか吹き込んだ風で僅かに揺れる。


「あの、さ。ちょっと用があって」
「なるべく手短に頼むぞ。副部長が遅れて行くわけには行かぬからな」


相変わらず周りや自分に厳しい。
それでもって、空気が全くと言っていいほど読めてない。
昔っから弦一郎はそうだった。
いつも気付いてくれるのが遅くて。
いい加減、それにも慣れたけど。


「…ほら、今日って弦一郎の誕生日でしょ?だから誕生日プレゼント渡そうと思ってさ」
「ありがとう。毎年すまないな」
「ううん。だって、幼馴染みの誕生日だし。弦一郎もいつも祝ってくれるでしょ?」


幼馴染みだから。
そう理由を付けて、毎年祝って。
毎年、本当の気持ちは言えなくて。
淡い想いを抱きながら祝うようになって何年経ったかもう判らなくなった。
それくらい長い間、あたしはこの判らず屋で、鈍い弦一郎が大好きなんだ。
誕生日プレゼント用にと綺麗に包装された箱が弦一郎の手に渡るのを見ながら、そんなことをぼんやりと思った。


「毎年名前が祝ってくれるのだから、俺も祝わなくてはならんだろ。名前が言うように、幼馴染みでもあるしな」
「…だよね。幼馴染み、だもんね」
「うむ。お前は本当に良い幼馴染みだ」
「あたしも、弦一郎のことそう思うよ。…じゃあ、部活頑張ってね」
「あぁ。気をつけて帰るんだぞ」


あたしにそれだけ言うと、あっという間に歩いて行ってしまった弦一郎。
その遠ざかる背中を見て、あたしは深い溜め息を吐いた。
何だってこんなに苦しいんだろう。
もう、慣れたはずなのに。


「ここにいたのか、名前」
「……蓮二」


蓮二の声に振り向くと、黙ってあたしの頭を撫でてくれた。
何で蓮二はこうも察しがいいんだろうか。
弦一郎とは真逆だ。


「ねぇ、蓮二」
「何だ?」
「あたしって、報われないよね。多分」
「…さぁな。俺も、そればかりは判らない」


蓮二がこうやって言葉を濁すのは、大体あたしを気遣う時。
だから、きっと報われない。
この想いもなにもかも、報われないんだ。


「あたし、帰るね」
「大丈夫か?何なら部活後に送るが…」
「いいよ。ありがと、蓮二。じゃあね」


そう告げて蓮二に背中を向けた。
蓮二にこれ以上優しくされたらきっと泣いちゃうから。
唇を噛み締めながら、あたしは足早に家路に着いた。
この想いは報われないって判ってたはずなのに。
それでも、涙が出た。




.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ