企画部屋

□隣りで笑うことが不思議なくらい
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今日という日を一番に祝ってくれてしまったのは、幼馴染みである貞治だった。
俺は目覚めた時に名前からのメールが入っていることを確信して眠ったのに。
何故、貞治とレギュラーの一部からのメールしかディスプレイに表示されないんだ…!


(な、何かの間違いだろう…。そうに決まっている…)


ひどい焦りを感じるがどうしようものない。
こればかりは自分でどうにか出来る問題ではないからな…。


「蓮二ー!!」


後ろから名前の声が聞こえて焦燥感が増したが、冷静を装ってに歩みを止めた。
こんなことが柄ではないのは重々承知している。


「おはよう、名前」
「おはよっ!蓮二、あの、ね!」
「そんなに急がなくていいぞ。呼吸を整えてからの方が楽だろう?」
「うんっ…!ちょっと、待ってて!」


赤くなった顔を綻ばせると名前は大きく深呼吸を繰り返した。
余程急いで走って来てくれたようだ。


「ふぅー。疲れたぁ。こんなに頑張って走るの赤也と購買に行く時だけだよー」
「気をつけるんだぞ?名前はよく廊下で転ぶからな」
「あれは廊下が悪いのー!うちの廊下って滑りやすくない?」


名前が言うように、立海の廊下が滑りやすいということはあまり聞かない。
むしろ他校とどこが違うが訊いてみたいのだが。
そう言うと名前の機嫌を損ねるのは必至なので、敢えて口には出さない。


「まぁ、あまり廊下は走らない方がいい。弦一郎に見付かったら叱られるぞ?」
「この間、赤也と一緒に怒られたよ。"このたわけがぁ!"って」


弦一郎の声を真似て楽しそうに笑う名前を見ていると、俺も釣られて微笑んでいた。
名前がこうやって笑うだけで、十二分に幸せだとふと思った。
付き合い出してからは、些細なことですら笑うようになったと自分でも判る。
それほどにまで、名前は俺の中で大きな存在となっていた。


「って!真田の真似してる場合じゃなかった!蓮二!」
「何だ?」
「お誕生日おめでとう!」


満面の笑顔で祝いの言葉を貰い、さっきまでの不安や焦りが嘘のように消えた。
やはり、忘れたわけじゃなかったんだな。


「本当はメール送っておこうと思ってたのに、十二時前に寝ちゃったの…。ごめんね、蓮二」
「気にするな。今言ってくれただけで充分だ」
「でも、蓮二はいつもあたしに色々してくれるから。本当に誕生日だけは一番に祝いたかったの」


若干しゅんとしている名前ですらこんなに愛しいのは何でだろうか。
むしろ杞憂を抱いていた自分が馬鹿らしく思える。


「名前、俺はそう思ってくれただけで充分だからそんな顔をするな」
「あたしのこと嫌いにならないの…?」
「これくらいのことで愛想を尽かすような稚拙な恋をしている覚えはないが?」
「…ありがと、蓮二」


そう言って微笑んだ名前は少しばかり幼く見えたが、俺を愛してくれてる心は随分と思いやりで満ちているのだろう。
でなければ、こんな俺の彼女でいられるはずない。


「ありがとう、と言うべきなのは俺の方だな…」
「?今何か言った?」
「いや、何でもない。さぁ、行こう」


名前の手を取り、自分の口が緩やかに弧を描くのを感じて歩きだした。



隣りで笑うことが不思議なくらい


俺を幸せにして止まない。




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