企画部屋

□互いの存在確認
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「あたしね、ふわふわしたものが好きなの」


そう教えてもらったのは初めて名前さんの部屋に上がらせてもらった日だった。
女の人の部屋に入るなんて初めてだったから、すごく緊張してて。
心臓が破裂するんじゃないかってくらい速く脈打ってた。
そのくらい余裕がなかったのに、部屋の中を見て更に躯が硬直した。
想像を遥かに超えるほどの可愛い部屋だったから。


「長太郎、どうしたの?」
「あ、い、いや、何でも、ないです」
「そう?じゃあ早く入って?」


ゆっくりと入ったその部屋は女の人の部屋というよりは、雑誌に載ってるような可愛い部屋だった。
ただ、置いてある物がピンク系かと言われれば違うとはっきり言えた。
ぬいぐるみが至る所にあって、小物がすごく女の子らしくて。
カーテンやベッドなんかもそうだった。


「テキトーに座ってて?なんか飲み物持ってくるから」
「あ、大丈夫です!」
「遠慮しないで。ちょっと待っててねー」


あっさりと制止を振り切られ、名前さんは部屋を出て行った。
その後、俺は座る場所に悩み過ぎて結局名前さんの所に焦りながら行ったんだ。
今でもあれ程恥ずかしいことはないと思う。


「ちょ…た…。…長太郎っ!」
「は、はい!」
「どうしたの?ぼーっとして…」


今、俺はあの時の部屋にいる。
名前さんの可愛い部屋。
昔のことを思い出していたら呼ばれていたことに気付けなかったようだ。


「ちょっと懐かしいことを思い出してたんです」
「懐かしいこと?」
「俺が名前さんの部屋に初めて入った時のことですよ」


俺がそう口にすると名前さんはくすくすと笑った。
…やっぱり覚えてますよね、あれは。


「あの時の長太郎ったら見たことないくらいテンパってたよね」
「だって女の人の部屋に初めて入ったんですよ?誰だって焦りますよ」
「でも、あの長太郎すごく可愛かった」


俺の脚の間に座っている名前さんはまた笑い始めた。
顔こそ見えないけど、楽しそうに笑ってるんだろうな。


「俺としては可愛いって、あんまり嬉しい言葉じゃないんですけど…」
「あ、ごめんね。でもあたし、長太郎はかっこいいところもあるってちゃんと判ってるよ?」


俺に背中を預けていた名前さんは向かい合わせになるようにすると、空いていた手に指を絡ませてきた。
少し冷たい名前さんの手が心地いい。


「真剣な表情してる長太郎とか、テニスしてる長太郎。…あたしのこと愛してくれる長太郎も、全部かっこいいよ」
「……っ」


少し照れたように俺の瞳を見つめて告げてくれるものだから。
顔が勢いよく熱を持つのが嫌でも判った。
ああ全く…。
すごくかっこ悪い…。


「……名前さんの言葉だけでこんなに真っ赤になるような男でも、かっこいいって言ってくれるんですか…?」
「当たり前でしょ?だって、何があろうと長太郎は長太郎だもん」


優しい笑顔に、甘い言葉。
どれだけ愛してもらえてるかなんて、訊くだけ不粋だろう。


「名前さん」
「何?」
「本当に、本気で貴女を好きになってよかったです」
「あたしも、そう思うよ。それに、沢山愛してくれてありがとう」


そう言うと俺を抱き締めてくれた。
抱き締め返したら、名前さんの躯が小さいことを改めて感じる。
この人は…名前さんは、こんな小さな躯で俺なんかよりも多くのことを与えてくれる。
何て、すごい人なんだろうか。


「長太郎、ふわふわね」


俺の髪に触れながら、呟いたその声はどこか幼さが残っていたけど。
俺にとっては、何よりも愛しい人のものだと判るから。



互いの存在確認


こうして互いを感じられるならそれでいいと、俺は切に思ったんだ。




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