企画部屋

□愛して溺れて眠りに就く
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「長太郎、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」


沢山の女の子に追われて疲れ果てた日が終わり、日付が変わった。
その日付が変わる時を、俺は名前さんの家で過ごしていた。
誕生日とバレンタイン。
そんな大きなイベントが二つも重なるから今年も女の子の人数がハンパじゃなかった。
でも、


「お疲れ様、長太郎。ゆっくり休んでね」
「はい」


名前さんは優しい口調で話し掛けてくれるし、柔らかく微笑んでくれる。
お陰で時間の過ぎる速さが緩やかに感じる。


「今年は一段と凄かったね」
「はい。でも、あんなに来られても俺は困りますけど」
「それだけ長太郎が好きなんだよ。あたしがいてもいなくても、それは皆にとってあまり関係ないんだろうね」
「名前さんにしか俺が振り向かないって判ってても、ですか?」
「うん。好きになったらそんなことすら忘れちゃうんじゃないかな?きっと」


紅茶をティーカップに注ぎ入れながら名前さんは変わらない表情でそう言った。
女の人だから、気持ち的には判るのだろうか。
穏やかな顔がそれを物語っているようにも見えた。


「はい、紅茶とケーキ」
「ありがとうございます。今年はガトーショコラなんですね」
「うん。急いで作ったから少し自信ないんだけど」


困ったように微笑む名前さんの言葉とは裏腹に、口にしたガトーショコラは美味しかった。
甘すぎない、仄かな甘さが口の中に広がっていく。


「美味しいですよ、すごく。甘さ控えめで」
「ならよかった。長太郎、そういう方が好きかと思って」
「さすがですよ、本当に」
「そう言ってもらえるの、嬉しいものだね」


俺の前に座って紅茶を飲みながら静かな声で喋る名前さん。
疲れているし、ゆったりとした雰囲気が本当に和める。
まあ、雰囲気だけじゃなくて名前さんがいることが和める一番の要因なんだけど。










名前さんと紅茶を飲み終わり、暫く話していると眠気が俺を襲い出した。
もうすぐ一時なんだ…。


「長太郎、眠くなって来たの?」
「大丈夫ですよ、眠くなんか…」
「うそ。瞼、重そうだよ」


あっさりと眠いことを見抜かれてしまった。
あくびとかしてないんだけどな…。


「お風呂も家に来てすぐ入ってるんだし、もう寝よう?」
「俺、まだ名前さんと話したりしてたいです」
「だめよ、長太郎。今日はいつもより疲労溜まってるんだから。ね?」
「……はい」
「じゃあ、歯磨きしてベッドに入ってて。あたし、食器洗ったら行くから」


まだ話したいことも沢山あったけど、躯が重い気がする。
今日は大人しく名前さんの言う事聞こう。


(にしても、本当に大人びてるな…。名前さんって)


歯を磨きながら、ふとそんな事を思った。
両親が共働きであまり家に帰って来ないからか、名前さんは知り合った時からどこか落ち着いている人だった。
そんな名前さんは他の女の子達のように、追い掛けたりしないで俺にプレゼントを普通に渡してくれた。

今でも覚えてる、去年のこと。
寒さでほんのりと赤くなった頬と同じ色の袋を放課後に渡されたあの日。
元々跡部さん達を通して知っていたけれど、あの時の名前さんを見て他の人にはないものを感じた。
優しい、包容力みたいな。
そんな温かい人柄に、俺は惹かれたんだ。


(だから好きなんだろうなぁ、名前さんのこと)


付き合い出したらそんな名前さんにどっぷりハマってしまった。
今では名前さんが傍にいないことなんて想像すらしたくない。


(まさか、こんな風になるなんて。去年の俺は想像してなかっただろうな)


歯ブラシを所定の位置に戻して、名前さんの部屋に向かう。
キッチンの方からはまだ、食器が触れ合う音がしていた。


(相変わらず綺麗な部屋だな…)


扉を開けて一歩踏み入ると、こざっぱりとした名前の部屋に迎えられた。
必要最低限のものしかなくて、シンプルな部屋。
名前さん一人には大きすぎるベッドにそっと潜り込むと、名前さんの香りがした。
……すごく落ち着くな…。


(あ…。本当にもう寝そうだ…)


瞼が閉じる時間が長くなり、意識が段々とぼんやりとしてきた。
このままじゃ名前さんが来るまでに眠ってしまう。


「長太郎、もう寝た?」
「まだ大丈夫です…」


どうやら名前さんが来たみたいだ。
でも、どうにも疲れ切った躯が重い。


「横、入るね」
「はい…」


瞳を擦って名前さんの声がした方を向けば、これ以上ないくらい柔和に微笑んでいた。
かわいい笑顔だな…。


「今日は部活も休みだし、起きたらゆっくりしようね」
「俺は、名前さんといられた何でもいいですよ…」
「あたしも長太郎がいてくれたらそれでいいよ」


唇に柔らかい感触がして、薄く目を開くと名前さんがまた笑っていた。
…キス、されたんだ、俺。


「…おやすみなさい、名前さん」
「おやすみ、長太郎」


再度眠りの言葉を紡いだ名前さんの笑顔を最後に、意識が掠れていくのを感じた。


起きたら、今のキスのお返しをしよう。
それで、二人っきりの時間を何をするわけでもなく過ごして。
やっぱり名前さんがいたら、何もいらない。
そんな在り来りなこと思ってしまうなんて自分でも驚きだけど。
それくらい、名前さんが好きだ。
これ以上ないくらいに。




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