企画部屋

□A little courage
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今日もいつも通りに過ぎていく。
変わり映えのない、そんな毎日。



−A little courage−


いつもと変わりなく、マネージャー業をしてて。
みんなの様子が変なことにはすぐ気付いた。


「あの、跡部先輩。このメニューのことなんでけど」
「名前の好きにしていいぜ?俺様はお前の望んだことならなんだってするからな」
「そう、ですか…。じゃあ、いつも通りにしておきますね」
「あぁ、頼んだぜ。俺のSweet honey」


いつも違うと跡部先輩。
今、何て言ったんだろう?
すぃー…何とかって。
……すぃむ…、いや、泳ぐとか意味判んないよね。


「何唸ってるんだ、名前」
「あ、日吉先輩。それが…跡部先輩が言ってくれた英語がよく判んなくて」
「あの人は発音良すぎるから仕方ないだろ」
「ですよね。あたし、英語苦手なんで余計に…。すぃ…何とかって言ってたんですけど…」


日吉先輩はあたしの言葉を聞くと、肩を震わせて笑いを堪え始めた。
何かおかしいこと言ったかな…?


「先輩。私、変なこと言いましたか?」
「っ…いやっ…何も…。悪い、また後で、な…」


あたしに背中を向けて歩いて行った日吉先輩の肩は相変わらず小刻みに震えていた。
何がそんなに面白かったのかな?
日吉先輩があんなに笑うなんて珍しい…。


「名前ー、膝枕…」
「お疲れ様です、ジロー先輩。はい、どうぞ」


眠たそうに目を擦りながら歩いて来たジロー先輩のために備品等を片側に纏める。
ここまではいつも通り。
ラケットをあたしに預けたジロー先輩は仰向けで横になった。
でも、またいつもと違うことが起きた。


「ジロー先輩、名前の膝を使わないでくださいよ。俺が使うなら未だしも、先輩に使う権力なんかこれっぽちもないですよ」
「鳳にそんなこと言われる筋合いないCー。大体、名前は俺のだから」
「その寝ぼけて沸いてる頭、何とかしたらどうです?」
「鳳こそ、その薄っぺらい笑顔止めたらー?虫酸が走るよ」


な、何かすごい言い合いしてる…。
止めた方がいいのかなっ…。
喧嘩になったらマズいし…。

あたしが悩んでる間にも二人の言い争いはヒートアップしてきて。
もう、何を言い合ってるのか判らなくなってきた。


「おい、長太郎!いつまで休憩してんだよ!打ち合いすっぞ!」
「……宍戸さんに救われましたね」
「それ、鳳の方じゃないのー」
「減らず口を…。じゃあまた後でね、名前」


私の頭を撫でてまたコートに戻って行った鳳先輩。
…さっきの先輩、なんか雰囲気が違った。
ジロー先輩もあんなこと日頃言わないのに。
今日はいつもと違うことばっかり。


「いつも通りじゃない…」
「名前、何か言ったー?」
「いえ、何でもないです。おやすみなさい、ジロー先輩」
「おやすみ「じゃねぇぞ、ジロー!俺様が相手してやるから起きろ!」
「マジマジ!?嬉Cー!」


勢いよく飛び起きたジロー先輩はラケットを片手に跡部先輩のいるコートに戻って行った。
この光景みたいに毎日あまり変わりない日々と、さっきみたいに何かしら違う日々。
一体、どっちがいいんだろう?
あたしだって変化を望まないわけじゃないけど。
違うことばかりが起きると、時間が目まぐるしく過ぎて多少の疲労を伴う。
でも、それをどこかで楽しんでるあたしがいるのも事実。
だけど、大きく変化することが怖いからあたしは自分から何か変えようとしない。


「名前、ドリンクくれへんー?」
「…はい、忍足先輩」


そんなことを考えていたら、ジロー先輩と入れ違いで来た忍足先輩に気付けなかった。
駄目だ、部活中に考え事なんかしちゃ。


「お疲れ様です、忍足先輩」
「おおきに。しっかしホンマ跡部もキッツいわぁ。あんな球ばっかやったら侑ちゃん潰れてまう」
「忍足先輩なら大丈夫ですよ。跡部先輩の見る目は間違ってませんから」


あたしがそう言うと忍足先輩は小さく、そうやなぁ、とこぼした。
その後、特に話す話題なんてないから変に沈黙が続く。
な、なんか少し気まずい…。


「名前は、」
「は、はい!」
「あ、堪忍な。急で。あんな、一つ訊きたいんやけど、名前はいつもと違うことしたくないん?」
「……え?」
「判っとるよ。自分がイレギュラーに弱いっちゅうこと。いつものペース、崩されるんが嫌なん?」


この人の洞察力は、ある意味跡部先輩をも凌ぐかもしれない。
あまりに図星過ぎて全く応えられない。
何も、言えない。
何も、考えられない。
気付いたら、瞳から涙がボロボロこぼれ落ちていて。
自分じゃ止められない、って固まった頭のどこかで思った。


「名前、俺、名前を泣かしたい訳やないんよ。お願いやから泣かんといて」
「……あたしっ、」
「…いつもとちゃうことがあるんは確かに不安になる。せやけど、怖いことばかりやないやろ?」


あたしの前に跪いた忍足先輩はあまり動揺せず、持っていたタオルで私の止まらない涙を拭ってくれた。
何度も何度も、こぼれ落ちる度に。


「それに、決まりきった毎日を過ごすんは寂しいやん」
「さび、しい…?」
「せや。周りは毎日変わってく。そんな中、一人だけ変わらへんなんて、寂しない?」


……本当は、よく思ってた。
周りが何か新しいことに取り組んだり、日増しに容姿が変わったり。
何かしら周りが変化する度に寂しかった。
あたしだけが、取り残されていくみたいで。


「せんぱい、あたし…」
「ええんよ。判ったんやったらそれでええ。な?」
「……あたしから一つだけ、いいですか?」
「ん。言ってみ?」


コート中に広がるボールを打つ音。
みんなの部活に励む声。
…大丈夫、何があってもあたしには帰って来られる場所がある。
ここのみんななら、変わらずにあたしを見てくれるから。
ほんの少しだけ、勇気を出そう。


「あの…あたし、ずっと前から……忍足先輩のことが好き、なんです。だから…」
「おん。俺も名前が好きや。せやから、付き合ってくれへん?」
「本当に…?」
「ホンマに。よう言うてくれたね。ありがとうな、名前」


目の前の忍足先輩の表情は今まで見た中で一番綺麗で。
本当に、穏やかな微笑みを見せてくれていた。


「これからは毎日新しい日にしよな?一緒に帰って、デートして、手ぇ繋いで」
「…はいっ!」


ああまた泣いてしまいそう。
頭をクシャクシャに撫でられて、一緒に笑って。
世界が、全く違うように思えた。
ほんの僅かな勇気があたしの日常を変えてしまった。




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