企画部屋

□怯えに微笑みを、冷たさに愛を
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きりり。
と痛む胸をぎゅぅ、っと上から力を込めて握ったのは少し前。
ああ言えばよかった。
好きなんだ、って。
柳くんに。


(……言いたかった、けど、)


言えなかった。
柳くんはあたしが嫌いだろうから。
柳くんはあたしに対してだけ、いつも冷たい。
嫌われることをした覚えなんてないのに。
何でまともに話しすらしてくれないんだろか。


(……帰えらな、きゃ…)


おめでとう、とただその一言が言いたかったけど、いいんだ。
他の女の子達に見せてたあの笑顔が、あたしに向けられる日なんて来やしないから。
いつも通り、帰ればいいの。
この想いを抱えたまま。
そう、判ってるのに、あたしは放課後になって大分経った今も席から立てずにいた。
もう柳くんもいないんだし、いる意味なんかないのに。


「何してるんだ?」
「………やな、ぎ…くん……?」


あたしの思考を破ったのは静かな声。
その声を発した人物は、教室の出入り口に立っている、柳くんだった。
何で、ここに来たの……?


「何をしてるかと訊いたんだが。聞こえなかったか?」
「あ…、えっと、その……考え、事してただけ…です」
「そうか」


柳くんの顔なんて見れない。
二人っきりだなんて、怖くて。
今、いつものようにされたら、耐え切れなさそうだし…。


「苗字」
「は、はいっ…」
「お前は、俺が嫌いか?」
「…………え?」


嫌い?
あたしが、柳くんを嫌ってる?
まさか。
自分でも嫌になるくらい好きなのに。


「そんなこと、ないよ」
「だが、常にお前からは俺に対する怯えしか感じられない」
「……違う、」
「じゃあ、何故こんなにも慕っている俺の気持ちを判ってくれないんだ?」


……………今、なんて?
聞き間違い、だよね。
だっておかしいよ、そんなの。
そんな素振り、なかったじゃない。


「答えてくれ、苗字。お前は、本当に俺が嫌いじゃないのか?」


詰められる距離。
近付く声。
怖い。
何でこんなに脚が震えるの……?


「頼む。答えてくれ」
「あ……あたし、帰らなきゃっ…」


鞄を掴んで、あたしは教室から走り出た。
あたしを慕ってるだなんて、絶対嘘。
何かの罰ゲームだよ、きっと。
嫌いな奴に告白して来い、みたいな。
早く帰ってればこんな−−−


「苗字!」
「や……!!離してっ…!」


あっという間に追い付かれて、腕を取られた。
痛い、すごく痛い。


「お前は、そんなに俺が嫌いか…?」
「…っ嫌いなのは、柳くんの方でしょ!!」


自分の声の大きさに、戸惑った。
柳くんからだってそんな雰囲気がする。


「俺は、苗字のことを嫌ってなどいない」
「じゃあっ…何でいつもあたしだけ、あんなに冷たく接してたの…?」
「お前を、傷付けたくなかった。だから俺は、傷付けないように、言葉を選んで話していたんだ」
「うそ…、そんな、だって、」


思い返してみれば、柳くんの返事はいつも一拍分遅かった。
あれはそういうことだったって言うの…?


「俺は苗字が……苗字名前が好きだ。例え、迷惑であろうとこの気持ちだけは伝えたかった」
「迷惑だなんて……そんなこと、ないよ…」
「…苗字……」
「あたしも、柳くん好き、だよ…」


そう口にすると、腕に込められていた力が抜けて、あたしの手は重力に従って落ちた。
あたし、ちゃんと言えた…よね…?
でも、もう一言だけ…。


「柳、くん、」
「何だ?」
「お誕生日、おめでとう」
「…ああありがとう」


柳くんが、優しい笑顔を初めてくれた。
こんなにも綺麗な微笑み方するんだ…。
柳くんの顔を見つめ返して、あたしも笑った。
彼の、大切な日の夕暮れ時。




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