氷帝

□悪夢のあと
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「萩、大好きだよ」


聞き慣れた声が頭に響く。
この声は…名前。


「萩、萩」


そんなに呼ばなくても、俺は目の前にいるよ。
でも、俺が手を伸ばした瞬間。
名前が鋭い目で俺を睨んだ。


「大嫌い!萩なんかもう顔も見たくない!」
(名前…?どうして、そんなこと…)
「やだっ!萩なんか、萩なんか!」


そう言って名前は俺を拒んだ。
急な名前の変貌にショックを受けた俺は、静かに頬が濡れたのを感じた。


「名前っ…!」


名前の名前を呼ぶと、視界には見慣れた風景。
ここは、


「俺の…部屋…?」


一度瞬きをしてみても何も変わらなかった。
それに俺の隣りには気持ち良さそうに眠る名前がいる。


「何だ…。夢、だったんだ…」


そう呟くと、寝ていた名前がぴくりと動き、俺の躯に触れて目を覚ました。


「はぎ…?」
「あ…起こし、ちゃった…?」
「へーき。それより、萩どうしたの?泣いてた?」
「え…?」


俺は自分の頬に手を伸ばすと、確かにまだ冷たい雫が残っていた。


「萩、怖い夢見たの?」
「いや…大丈夫だよ」
「無理に笑わないでいいよ?話してみて?」


名前は毛布を俺に掛けて、優しい声音で促した。
そんな名前の声に、俺の躯を襲っていた緊張感が取れて口を開くことができた。


「俺ね、確かに夢を見たよ。でも…いい夢じゃ…なかった…」
「…うん」
「名前に、嫌いって言われる夢だったんだよ…。すごい勢いで、嫌いって…。だから、悲しくてっ…」
「そっか…」


名前は泣き出してしまった俺を抱き締めると、頭を優しく撫でてくれた。
俺が泣き止むまで、ずっと。
俺にとって、名前のその優しさが嬉しくて。
夢を忘れさせてくれる名前の温もりがとても心地よくて。
だから、泣き止んでもしばらくは名前を抱き締めたまま離せなかった。


「どう?泣き止んだ?」


名前の問い掛けにハッとした俺は急いで背中に回していた腕を離した。
さすがに、長すぎた……よな。


「ご、ごめん。起こした上に泣き付いちゃって…」
「いいよ、このくらい。萩を支えるのはあたしの役得でしょ?むしろ、頼ってくれて嬉しかった」


にこやかに微笑む名前を見ているとまた泣いてしまいそうで。
俺はそれを堪えながら名前の頬に手を添えると、優しく口付けを贈った。


「大好きだよ、名前」
「あたしもだよ。萩が一番大好き」


そう言って互いに笑い合うと、月明かりが照らすベッドの上でまた唇を重ねた。



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