氷帝
□不思議ふしぎ
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「えぃや!!」
…………何をしてるんだ、こいつは。
−不思議ふしぎ−
「とぉっ!」
制服のまま鉄棒に必死になる女。
いや……こんな言い方はないな。
言い直すと、鉄棒に必死になる俺が最も愛してる女だ。
だが、その最愛の女は一体何をしてるんだ…?
「おい、名前」
「あー!けーごだー!」
そう言いながらもグルグルと回り続ける名前。
いっそのこと体操選手にでもなればいい。
「あのなぁ…自分が何してるか判ってんのか?」
「回ってるー!」
そりゃそうだ。
そんなのすら判らないようだったら名前だろうと医者に送ったぞ。
「むっ!今けーごが良からぬこと考えてた気がする!」
「……んな訳ねぇだろうが。それより、いつまで回ってるつもりだ」
「待ってー!これがやりたかった、のっ!」
名前は回るのを止めて、腕だけで反動を付けるとそのまま宙に身を投げた。
そのまま見事な伸身新月面宙返りを見せると両足で綺麗に着地しやがった。
……本気で体操選手じゃねーのか、こいつは。
「けーご!今の見た!?」
「あ、あぁ…。すげぇな…」
「んじゃ、帰ろ!」
教室から持って来てはいたらしい鞄を手に取ると、満面の笑顔を向けて来た。
……本当に今のは何だったんだ…?
「あのね、景吾」
「何だ?」
「今の何点くらいっ?」
俺にあれを評価しろってのかよ…。
つうか、採点基準は何だ?
普通に満点でいいんじゃねぇのか?
……そんな期待に満ちた目で俺を見るな。
「…………満点じゃねぇの?」
「ダメだよ!全然満点じゃない!」
ちんまりとした身長を限界まで伸ばした名前に思い切り否定されたが…。
可愛くて怖さの欠片もねぇな。
小動物の相手をしてるみてぇだ…。
「なーんか景吾、顔がにやけてるー」
「…にやけてなんてねぇよ。んで、何で満点に不満があるんだ?」
「だって、高さとか色々足りない!」
俺としては十二分にすごかったと思うが…。
こう言い出したら名前はとことん自分を認めない。
意外と自分には厳しいやつだしな。
「じゃあ、次はもっと高く跳べるといいな」
「うん!がっくんみたいに高く跳ぶ!」
「…がっ、くん?」
「向日君のこと!いつかはあたしもあんな風に跳ぶの!」
いつの間にそんなに親しくなったんだよ。
今度、向日は締めとくか。
「でも!あたしね、一番は景吾みたいになりたいの!」
「…俺?」
「景吾は頭もいいし、色々できるじゃん!ほらあたしは頭弱いし、何かよく判んないでしょ?」
だから、景吾みたいになりたいの。
そう笑顔で言った名前は、何だか俺が知ってる名前じゃなくて。
ひどく大人びて見えた。
「お前は、お前のままでいい」
「…どうして?景吾みたいになれたら沢山ちゃんとしたお話しだってできるのに」
「話はちゃんとできてるだろ?」
「でも、景吾には合ってないよ」
「俺様がいいって言うんだ。…それでもまだ足りないか?名前」
脚を止めて何度か瞬きをした名前は何か考えると、小さく頷いた。
どうやら納得したようだな。
「あたしは、このままでいいんだよね?」
「ああ。それがいい」
「じゃあこのままでいる!」
名前は俺の隣りで明るく笑った。
こいつにはこの性格が一番似合う。
何より、俺が惚れたのはその不思議な性格だ。
だから、変わられたら俺が困るんだよ。
「帰りに何か食って帰るか?」
「あれがいい!三段アイス!」
無邪気に笑う名前を見てると、自然と顔が綻ぶ。
名前の不思議さが、ただ愛おしいと改めて感じた。
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