氷帝

□絶対領域
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ただ、寒かったからこうしただけで。
あたしは他のことなんて考えてなかった。
まさか、ここまで皆を狂わす結果になるなんて…。


「名前!聞いてんのか!?」
「も、もちろんですとも!」


心の中で溜め息を吐いてると、跡部が急に私に話を振るもんだから体が跳ねた。
早く終わんないかなぁ…。


「大体!名前の脚が綺麗やって言うたんは俺が最初なんやからお前らが今更どうこう言うんはおかしいやろ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ!俺が名前をマネに誘ったんだから名前は俺様のだ!」
「違うCー!名前が膝枕してくれんのは俺だけなんだから俺のだよ!」
「先輩たち、名前さんは譲りませんよ!俺がニーハイ勧めたんですからね!」


食堂で普通にご飯食べるだけだったのに。
事の発端は私がニーハイを穿いて来たこと。
最近ずっと寒い寒い、って言ってたら長太郎がニーハイなら温かいんじゃないかって言ったから。
それで早速穿いて来たら来たでこれだし?
これくらいでこんなに騒がなくても…。
お昼くらいゆっくりしたらいいのに。


「名前さん、大丈夫ですか?」
「あいつらも、もう少し静かにすればいいのによ」
「流石にこんなに討論しなくてもねぇ。若も宍戸も嫌でしょ?」
「まぁ、嫌って言ったら嫌ですけど…」
「話が話だしな…」


何で二人揃って語尾濁すのか判らなくて、首を傾げてたら岳人が輪の中から出て来た。
皆は岳人が抜けたのも気付かないくらいに白熱してるかな…。


「岳人も疲れたんでしょ?あんなくだらない話」
「違ぇよ!跡部が宍戸達呼べって言うから来たんだよ!」
「何で若と宍戸がいるのよ?」
「何でって、こいつらだってお前のニーハイ気になってんだぜ?」


岳人の言葉に宍戸達を見ると、サッと目線を背けた。
こいつら…そうならそうと言えっての…!
呆れて教室に帰ろうとすると、ガシッと肩やら腕やらを掴まれて。
後ろを顧みると全員が私のことをじぃぃぃっ、と見つめてきた。
な、何よ…。
この無言の圧力…。


「名前…何処行くん?」
「きょ、教室に帰るのっ!悪い!?」
「そりゃ悪ぃに決まってんだろ。今しかお前のその絶対領域見られねぇんだからよ」
「絶対領域!?何それ!」


私から腕を離したと思ったら跡部が例の笑い声を上げて、眼力の構えをした。
一体何がしたいのよっ…!


「絶対領域ってのはなぁ、スカートとニーハイの間のその生足部分のことだ」
「何よ!そのマイナーな話!」
「マイナーじゃねぇよ。それが似合う女はそういねぇからな…。ククッ、俺様の眼力はお前の見事な絶対領域を見逃さねぇぞ?」


いやいやいや!
偉ぶって言うことじゃないし!
勝手にあたしの脚眺めないでよ!


「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇんだから」
「減るわよ!精神的な何かがすごい勢いで減ってってるっての!ってか眼力使わないでよ!」
「好きな女のことなら何だって知りたくなるのが男の性だ」
「だから何でそんなに偉そうなの!?」


あたしが跡部と口喧嘩に近いくらいの勢いで言い合ってると後ろに体が引っ張られて、背中に温もりを感じた。
肩越しに振り返ると、真剣な顔をしてる長太郎がいて。
長太郎はぎゅうっ、とあたしを抱き締めた。
少し、痛いくらいの強さで。


「長、太郎………?」
「俺…気付いたんです。名前さんは何をしたって名前さんなのに、こんなことで言い合うのはおかしいって…」


ごめんなさい。
そう呟いた長太郎はいつになく小さく見えた。
あたしがあんなに怒ったらニーハイ勧めた長太郎が責任感じるのは当たり前だよね……。


「ごめんね、長太郎…。あたし大丈夫だから。そんなに哀しそうな顔しないで?」
「でもっ…」
「いいから。皆も、これ以上何も言わないでよ?言ったらもう穿かないからね」


その言葉を聞いた皆は反論もせず頷いてくれた。
嬉しいけど……跡部辺りがいやに素直で変なんだけど…。


「跡部、本当に何も言わないでよ?」
「お、俺様は元より何にも言ってねぇ!だからっ…!」
「だ、だから何よ?」
「……何でもねぇ…。行くぞ、樺地」
「………ウス」


眉間に皺を寄せたまま、跡部は樺ちゃんを連れて行ったけど…。
なんか、顔色悪かった気がする。


「ほな、俺らも帰ろか、岳人」
「お、おう!ほら、日吉も行くぞ!」
「…判りましたよ」
「え?若達も教室に帰るの?」
「えぇ。…に自分の身が惜しいですからね」


ぼそりと何か呟いた若は忍足達と食堂から出て行ってしまった。
みんな急に大人しくなったんだけど…。
早めにちゃんと言えばよかったのかなぁ。


「おい、ジロー!帰るぞ!」
「嫌だCー!鳳に名前あげねぇもん!」

宍戸がジローちゃんを引っ張るものの、ジローちゃんは私の後ろにいる長太郎を睨んでいる。
そういえば、長太郎は帰らないの…?


「長太郎?宍戸達と一緒に…」
「名前さんは、俺と一緒が嫌なんですか…?」


まるで犬みたいなうるうるとした視線に私はそれ以上何も言えなかった。
だって…何だか可哀相なんだもん…。


「ジローちゃん、先帰ってて?ちゃんとあたしも行くから」
「……判った。行こう、宍戸」


少しふて腐れ気味だったジローちゃんは宍戸に声を掛けると帰って行ってしまった。
何だかジローちゃんに悪いことしたなぁ…。


「ほら、長太郎も行こう?」
「名前さん。俺、このままがいいです」「長太郎…?」
「名前さんは、俺に抱き締められても何も感じないんですか?」


な、なんか急にそんなこと言われると、意識しちゃうんだけど…。
ちょっと離れないと…!


「長太郎…、離してっ…」
「嫌ですよ。折角抱き締められたのに、自分からなんて離したくない」


より一層強く抱き締めてくるから、顔がすごく熱くなって。
心臓が痛いくらいに速く打った。


「名前さん…。俺が、どうしてこういうことするか判ってますよね…?」
「あ、あたしっ…」


耳元で囁かれて、躯がやたらと熱くて力が入らなくなってきた。
あたし…長太郎のこと…。


「……好き…かも」

「…やっと俺のこと男として見てくれましたね」


漸くあたしを離した長太郎はいつもとは違う笑顔であたしに笑い掛けると、私の掌に唇を落としてきた。
あっという間のことで、手を引っ込めることも出来なかった。


「長太郎っ…」
「知ってますか?掌にキスしたらどういう意味か」
「知らない、けど…」
「懇願、って意味ですよ」


貴女のことずっと欲しかったんですから。
長太郎を見上げると、優しい顔して笑っていた。



絶対領域



それは、恋に落ちる領域のこと。



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