氷帝

□Don't forget me
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沢山の「おめでとう」なんていらない。
たった一人から祝ってもらえればそれでいい。
なのに、なんで。
まるで、初めから知らないかのように。
何も言ってはくれなかった。



−Don't forget me−


午後最初の授業をぼんやりと聞き流して溜め息を吐いた。
そっと机の横にかかった袋を見遣る。
色とりどりの包装を施されたプレゼント。
友達や後輩から沢山の祝いの言葉と一緒もらった。
けど…………。


(肝心な人が何も言ってくれないしなぁ…)


持っていたシャーペンの芯がぱきっ、と折れた。
それにつられて、ただ板書をしていた手が止まってしまう。
正直、結構ダメージ大きいよ。
……誕生日、忘れられてるとか…さ。
こっそり携帯を取り出して、アドレス帳を開いた。
『は』行まで、進めたのはよかったんだけど…。


(自分から「今日誕生日なんだけどなー」とか言うのはなあ…)


それに、まだ忘れてるって決まった訳じゃない。
何か考えがあるのかもしれないし。
…今日一日、気長に待った方がいいよね。
そう思って、開いていた携帯を閉じるとひたすら板書に専念した。
もし忘れられてたら、なんてことは怖くて考えられなかった。
だって恋人に忘れられるなんて。
まるで存在否定されたみたいだと思ったから。
極端な考えだとは思うけど、あたしにとってそれだけ彼氏は……若は、存在が大きかった。










結局、いつも通りに部活も終わってしまって。
使った道具を片付けていると、着替えが終わった忍足と岳人が出て来た。


「名前、今日誕生日やろ?おめでとう」「ありがとう。覚えてくれてたんだね」
「あったり前だろ?俺らのマネージャーの誕生日くらい把握してるって!」
「そう言われると嬉しいよ。本当にありがとう」


差し出されたプレゼントを受け取って、話し始めると続々とみんなが出て来た。
けど、その中に若の姿はない。


「ねぇ、若は?まだ着替えてるの?」
「あん?青い顔してなんか呟いてやがったが…。まあ、大体見当はつくけどな」
「………跡部、それって…」
「俺からは何も言えねぇ。…帰るぞ、樺地」


意味深な言葉を残して跡部は樺地と一緒に帰って行った。
まさか、ね…。


「名前はまだ残るんやろ?日吉おるんやし」
「うん…。いつも一緒に帰ってるから」
「じゃあお先に、な」


忍足は小さく微笑んでそれだけ口にした。
まだいようと騒ぐ岳人とジローちゃんを連れて。
宍戸と長太郎も忍足達の後に続くかのように帰って行った。
もうここにはあたしと若しかいない。


(………ロッカールーム、入ろうかな…)


もう若しかいない上に、とっくに着替え終わってるだろう。
一度深く呼吸して、更衣室のドアに手を掛けた。
その瞬間。
ゴンッ!と鈍い音がして同時にじわっ、と額に痛みが広がる。


「っ…すいません!……大丈夫ですか?」
「平気平気。そんなに痛く…」


笑って否定していたら、額に何か感じた。
目を開くと、若が私の額にキスしてて。
その顔は、余りにも綺麗だった。


「わか…し…」
「ごめんなさい、名前さん。…俺、今日のこと…」


距離を取った若は申し訳なそうに呟いた。
……やっぱり、忘れてたんだね…。
でも、もう気にしてないよ。
だって、こんな若を目の前にしたらそんなことちっぽけに思えて。
だから、もう大丈夫だよ。
そんな顔しなくたって、充分若の気持ち判ったから。


「ね、若。もういいから」
「でもっ…」
「本当に大丈夫だから。来年は忘れないでないでね?」
「…来年だけじゃなくて、ずっと忘れません」


若に優しく抱き締められて、あたしはそっと目を閉じた。


(今日はずっと一緒に居させて下さい)
(うん。…ありがとう)


一緒ならそれで充分だって知った日。
それは大切な大切な日でした。




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