立海

□大切をあげる
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自分で言うのもなんだけど、あたしにはものに対する執着心というものがない。
だからか大切なものなんてないし、ましてや譲れないものなんて存在しない。
あたしの保有するものが欲しいなら、誰になんだって渡せる。
……はず、なんだけど。


「……………むかつく」
「名前、お前の今の顔ちょお怖い」


あたしの前の席でポッキーを食べながら、ブン太が呟いた。
感情を表に出してしまうなんて珍しいこともあるのね、あたしも。


「ねえ、あたしと仁王ってどういう関係だったっけ?」
「カレカノ……でいいんじゃねぇの?」
「そうだよね。一応、そういう関係だよね」
「一応ってとこ強調すんなよ……まじ怖ぇから」


一応って言ったら一応じゃないの?
そのあたしの彼氏サマの仁王はクラスの入り口で見知らぬ女の子とそれはもう楽しそうに談笑してるんだもの。
一応、以外に適当な言葉が思い浮かばない。


「……あたしが悪いのかな」
「名前、お前大丈夫か?なんか本当にヤバそうな顔してっけど」
「…ごめん。ちょっと気分悪くなったから後よろしくね、ブン太」
「おい、名前!?」


ブン太の声がやたらと遠くに聞こえる。
おかしいな、まだそんなに離れてないのに。
くらり、と目眩までしてきた。
ぐるんぐるん躯の中を回るこの想いは、なに?

ふらつく足をただ前に進める。
ああ気持ち悪い。
一体なんだっていうの。
ぎちり、と奥歯を噛み締めて屋上の扉を開ける。
風が、すごく心地いい。


「好き好き言っといてあれってどういうことよ、もう……」


フェンスにかけた力が、ずるずると抜けて座り込んでしまった。
だから何かを大切にすることは嫌いだったのに。
悩みたく、なかったから。
大切を持つことをあたしは恐れていた。
だから執着心がないふりをした。
本当は人一倍独占欲が強いと知っていたから。


「名前」


塞いでしまいたいほどの優しい、あたしの好きな声が降ってきた。
なんでここが分かったの。
そう訊きたいけど、口を開いたら泣き出しそうだから止めておいた。
わがままなあたしを、仁王は嫌うだろうし。
黙っているのが賢明に思えた。


「名前、俺のこと大切?」
「…………」
「俺は名前がすごい大切じゃ。それこそ、まるっと食べたいくらいに」
「……いみ、わかんない」
「誰かにやるくらいなら食べてしまいたい、ちゅうことぜよ。名前は、俺のことどのくらい大切?」


そっ、と仁王を見上げると声音に反して冷たさを覚えるような顔をしていた。
こんな仁王、見たことない。


「に、お」
「俺はいつまでも苗字なんにブン太は名前やし。俺よりもブン太とよう喋る」
「ちが……、そんなんじゃ」
「俺ばっかり名前のこと好きみたいで、もう嫌じゃ」


搾り出すように言葉を吐いた仁王は、涙目だった。
いつもの軽い仁王なんて、どこにもいない。


「…違うよ、仁王。違うの」
「何が?名前は優しいから断れんかっただけじゃろ?ほんとは俺なんか、」
「好きに決まってるじゃない!ばか!」


つい、声を張り上げてしまった。
仁王がいつもの切れ長な瞳を見開いてる。
あたしだって驚いてるんだから、仁王はもっとびっくりしたんだろう。
っていうかあたし今、


「…………好き、って言った?」
「……言うた。はっきりと。ばか付きじゃったけど」


耳まで赤らめながら仁王はへにゃり、と笑った。
……やだなんで今きゅんとしたのよ、あたし。


「名前、俺のこと好きじゃって」
「だ、だから何よ。嫌いな人と付き合うほど暇じゃないもの。……大好きですよなにか悪いですか」
「全然悪くなか。嬉しい、のう」


更に表情を崩していく仁王が、なんだかすごく愛おしいなんて。
……悔しいけど仕方ない、かな。


「名前、名前」
「…なに?」
「俺も、名前のこと大好きじゃ」


…大切な人がいるのも、悪くないみたい。



大切をあげる


(そういえばさっき話してた子って誰?)
(ん?幸村じゃよ。うちの部長の。名前知らんかったんか)
(…え?女の子じゃないの?)
(お、女の子っ……!)


それから長い間、仁王は大声で笑ってた。
…しばらく名前でなんか呼んでやらないんだから。




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