立海

□まだ恋い慕うには早いのです
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多分まだ早いのだと、思う。

ぼんやりと精ちゃんの声を聞きながらそんなことを考えていた。
精ちゃんが勉強を教えてくれるようになって何年が経つんだろう。
忙しくても疲れてても定期的に面倒を見てくれる。
なんとまあ頼もしいことか。


「名前、今の説明聞いてたかい?」
「へ?あ、いや…き、聞いてませんでした」


精ちゃんに嘘を吐いてもいいことなんてなに一つない。
それは長年の経験上判ってる。
正直に白状するとシャーペンであたしの教科書を叩きながらにっこり。


「誰のために教えてると思ってるの?それともあれかな。俺が教えなくてもさぞかし立派な点数が取れるっていうのかい、名前。俺が見てやれなかったときなんて赤点ぎりぎりだったのにね」
「ごめんなさい無理です。精ちゃんが教えてくれないと今度こそ数学赤点になります」
「全く……。次同じことしたらもう教えないからね」


軽く毒を吐き終えた精ちゃんがさらさらとルーズリーフにさっきと同じ数式が書き出されていくのを今度は真剣に見て、聞いた。
学校の先生よりずっと判りやすいのは、やる気の問題なのかそれとも。

例題の解説を聞き終え、応用の類題を解くように言われる。
これ、授業中に判らなったんだよね…。
その場は解答写して判った気になってたけど時間が経つとさっぱりで。
でも今はちゃんと理解できてる。
精ちゃんの綺麗な数式の下にあたしの丸っこいそれが並ぶ。
字はともかく、解けてるはず。


「……できた!」
「早かったね。じゃあ答え合わせするから少し待ってて」


そう言った精ちゃんはあたしよりもずっと早く数式を弾き出していく。
やっぱり精ちゃんって頭いいよね…。
やれば人並み以上はできるなんて。
…かっこいいよなあ、精ちゃん。


「うん、合ってるよ。これが解けるならこの範囲は大丈夫だ」
「ほんと?よかったあ。今回難しかったから本当にまずい気がしてて」
「名前はやればできる子なんだから。もっと自信持ちなよ」
「そう、かな」
「そうだよ。実際、成績いいじゃないか。この前だって成績優秀者一覧に名前あったし」
「でも毎回精ちゃんに見てもらってるわけだし、あたしの実力じゃないよ」
「実力がなかったら俺が教えてもあの順位は無理だよ。本当によく頑張ってるよ、名前は」


最後にぽんぽん、と頭を軽く叩かれる。
きちんと解けるとこうやって優しくして褒めてくれるから。
苦手な数学だって頑張ってできる。
……精ちゃんが、好きなのもあるけど。
でも精ちゃんが二人目の妹みたい、って思ってるのは知ってる。
だからまだいいの。
今はまだ、精ちゃんの妹のままで。
いつか、いつかあたしがもっと頭もよくなって精ちゃんと並んでも引けを取らないような綺麗な女の子になったら。
そのときは。


「さあ、もう少し解いてみようか。まだあるよね?」
「うん。次のとこまで」
「ああ、これか。懐かしいなあ。でも今のに比べたら簡単だっただろ?」
「そうなんだけど、ここが少しあやふやで…」


もう少しだけ尊敬できる幼馴染みのお兄ちゃんでいてほしいなんて、わがままかな。



まだ恋い慕うには早いのです


できのよかった数学のテスト用紙を見せると、精ちゃんは大層褒めてくれた。
やっぱり居心地がいいな、なんて、ね。




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