立海

□皇帝が屈する日
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「赤也ああぁぁぁぁ!!」
「すっ、スイマセン!!真田副部長!これには色々訳があってっ…!」
「問答無用!何にしても、たるんどる!」


ある日の部活中。
本気で謝罪をする赤也に聞く耳も持たない真田が鋭い鉄拳を放った。
これじゃあ赤也が可哀相ね。
赤也の前に滑り込んで、その辺りにあったカゴで真田の鉄拳を阻む。
それが成功すると、後ろから赤也の嬉しそうな声がした。


「名前先輩!!」
「叩かれなくてよかったわね、赤也。どこも痛くない?」
「俺は大丈夫っスけど…。真田副部長が…」


赤也の言葉に振り向くと、青筋を立てている真田が傷めた拳を震わせていた。
まあ、別にいいわ。
赤也の方が可愛いもの。
でも、当の赤也はその沈黙が苦しかったのか恐る恐る声を発した。


「あの、名前先輩…?」
「なぁに?赤也」
「真田副部長…すごい顔してるんですけど…」
「気にしなくていいのよ。いつもよりちょっと老けて見えるだけだから」


クスクスとあたしが笑うと赤也は冷や汗一杯。
あたしがここまで言って、真田が何も言わない訳ないと思っているからね。


「名前っ…!お前という奴は!」
「お黙り真田。ところで赤也、一体何したの?」


真田を制止して、優しく赤也に促してみる。
怒りを全面に押し出している真田を何度も見ながら赤也は重い口を開いた。


「その、真田副部長のジャージを汚しちゃって…」


確かに赤也の腕には埃やら何やらで汚れたジャージが収まっている。
ちなみに赤也はこの寒い日にウェアしか着ていない。


「成る程ね。で、何で自分のじゃなくて真田のジャージを持ってるの?」
「俺のは今日体調崩したクラスの女子に貸したら洗って返すって言われたんスよ。でも、こいつ捕まえるにはこれしか思い浮かばなくて…」


赤也の持ってるジャージがモソモソと動いたと思ったら、灰色の猫がにゅっ、と顔を出して一声鳴いた。
その愛らしい猫を赤也から取り上げる。
確かこの猫……。


「この子、学校に居着いてる子よね。…あら、脚にケガしてるじゃない」
「だから捕まえて家に連れて行こうと思ったんス」
「だそうよ?ちゃんと状況把握してから怒ることね」


あたしにもっともなことを言われ、真田は自分の非を認めたのか赤也に小さな声で謝罪した。
あたしがそれで許すと思ってるのかしら、真田は。


「あれだけ赤也のこと責め立てたのに、自分はそんな謝り方しか出来ないのかしら?」
「名前先輩…?」
「いつも思ってたのよねえ。真田のそういうところが気に食わないの。それだけのことしたんだから例え後輩だろうときちんと謝りなさいよ。この実年齢詐称未遂顔が」


ゆっくりとした口調で確実に真田の胸を抉る言葉を次々と浴びせるとコート内が嫌に静まりかえった。
誰が落としたのか沢山のテニスボールが地面を叩く音だけがやけに耳に入る。


「…すまなかった、赤也」
「あ…いや、こっちこそスイマセンでした…」
「やれば出来るじゃないの。流石、私の彼氏なだけあるわ」


あたしのその言葉に、また別の沈黙が降りた。
ただ、沈黙の後は物凄くざわめき出したけど。


「せせせせ先輩!今のどういうことスか!?」
「どうもこうも、そういうことよ。まあ、今まで誰にも言ってないものね」
「何故言ったんだ!名前!!」
「いいじゃない、いずればれるだろうし。あ、真田。ちょっとこっちに近寄ってくれない?」


真っ赤になりながらあたしを見ないように近付いて来たので、猫を赤也に渡して口角を上げた。
ちょうどいいわ。
一つ真田を虐めてあげようかしら。
そう考えて、真田の頬を撫でてからギュッと抱き着いた。


「名前…!ここが何処か判ってるのか!?」
「もちろん。大体、人が居なければここでこれ以上する真田に言われたくないわ」
「………名前先輩、それって…どういうことですか…?」
「フフッ、敢えてご想像にお任せするとでもって言っておこうかしら」


真田に抱き着いたまま赤也を顧みると、真っ赤になりながら口をぱくぱくさせていた。
ああ可愛い。
赤也も、真田も、可愛いったらないわ。


「これ以上やるのも流石に可哀相だし、部活始めましょうか」
「………あぁ、そうだな。今日は精市が委員会で遅れるそうだから俺が指揮をとろう」
「任せるわ。あたしはいつも通り仕事してるから何かあったら言ってちょうだい」
「うむ」


あたしと真田が一気に雰囲気を切り替えると、何事もなかったかのように部活が始まった。
……仁王達にからかわれる真田が度々見られたけど、それすら楽しくてしょうがなかった。





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2010.12.05.改訂
 

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