立海

□いっそ二人で駆け抜けよう
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放課後、あたしは部室に走って向かっていた。
部活が始まってもう大分経つ。


(日直で大分遅くなっちゃった…。早く行かないと真田に怒られるな…)


精市が同じクラスだって言うのに、伝え忘れちゃったし…。
……私、真田に怒鳴られるの苦手なんだよね…。

そんなことを考えながらもとにかく懸命に走る。
元より脚が少し速いこともあってか、教室を出てからあまり時間も経たなかった。
呼吸を整える時間すら惜しくてすぐ部室に入るとパパパンッ!、とすごい音がした。
反射的に閉じた目を恐る恐る開けると、見違えるほど華やかになった部室が。
明るい笑顔を浮かべた皆がいた。


「「「「名前、誕生日おめでとう!!」」」」

あまりに突然なことで全く反応出来なかった。
ぱちぱちと瞬きをするのがやっとで、つい入り口で立ち止まってしまう。


「ほらっ、早く入って下さいよ!名前先輩!」
「あ、赤也っ。ねえどういうこと!?部活は!?」
「今日はさっきまで雨が降ってたし、休みにしたんだよ。名前を労うにはちょうどいい日だし」
「精市……」
「まぁ、明日からはまたいつも通り頑張ってもらうけどね」
「勿論!本当にありがとう!」


精市の優しい言葉に自然と笑顔が零れる。
今まで一番いい誕生日かも…。


「しかも!この俺が名前のためにケーキ作って来たんだぜぃ!ほら!」
「わあ…すっごいキレー…。流石ブン太…」


思わず魅入ってしまうほど繊細にデコレーションされたケーキは本当に綺麗だった。
その辺のお店より上手いんじゃないのかな…これ…。

それからお祝いの言葉とプレゼントを貰って。
真田の書はちょっと微妙だけど…。
思いっ切り笑って、話して、騒いで。
本当に時間なんか忘れてしまうくらい、楽しかった。


「あ、もうこんな時間だ…」


壁に掛かっている時計を見ると部活終了時間を過ぎていて、閉門時間が近くなっていた。
今から片付けとかやったら閉門に間に合わないんじゃ……。


「たまにはいいじゃろ?俺がちゃんと家まで送ってやるきに」
「仁王くんじゃ別の意味で危ないですよ。ここは私が」
「お前ら何言ってんだよ。俺が送るに決まってるだろぃ?」
「断然、先輩達より俺がいいですって!」
「いや…俺とかの方が、無難だろ?」
「このたわけが!俺が責任を持って送るのが妥当だろ!」
「黙れ真田。俺が送るのが一番安全だよ」
「……あたし、一人で帰れるよ?」
「「「絶対に名前は俺が送る!!!」」」


何でそこだけ意気投合してんのよ…。
まあ確かにもう時間も遅いけど。
今は夏なんだし。
日が長いから今から帰ればまだ明るいから大丈夫なのに。
……あの勢いじゃそんなこと判ってなさそうだけど。


「今ならまだ明るいから一人で大丈夫…と思っている。違うか?」
「当たり。それにしても…まさか冷静なのが蓮二だけになるなんてね」


未だに言い合いを続けてるみんなを見てると、何だか微笑えましく思えた。
いつだってこんなに明るいみんなに囲まれて。
あたし、すっごい幸せ者だなぁ。


「随分と穏やかな表情だな」
「…あたし?」
「ああ。見ていて俺まで和やかな気持ちになれる」


そう言った蓮二の顔は今までに見たことないくらい柔和だった。
なんか、いつもの蓮二と違う雰囲気に呑まれそう…。
こんな表情も似合うなんて、やっぱり大人っぽいな…。
ちょっと、胸が苦しい…。


「なあ、名前。本当に俺が冷静だと思うか?」
「うん。だって、みんなと違って落ち着いてるし」
「なら、これはどう説明する?」


握られたあたしの右手は気付けば蓮二の胸に当てられていた。
掌に感じるのはあたしよりもずっと速く脈打つ蓮二の鼓動。
ぱっと見、平然としている蓮二の鼓動の速さをどうすれば論理的に説明出来るんだろう。
だって、期待しちゃうじゃない。
こんなことされて優しい顔して答え待たれたら。
自分のいい方に捉えたくなっちゃう…。


「名前、答えは出るか?」
「っ…判んないよ……」


もし、思ってる通りの答えじゃなかったら。
自意識過剰みたいで恥ずかしい…。


「じゃあ、これなら判るだろう?俺の行動の意味が」


握られていた手を引かれた瞬間、蓮二が柔らかく微笑むと唇に何かが触れていて。
それが蓮二の唇だと理解する頃には、蓮二の顔が離れていく頃だった。


「れ、れん、じ…。いま…」
「これで判ったか?」


必死に首を縦に振って、あたしは急いで皆の方を見た。
幸いなことに、皆は先程以上に白熱していてこっちを見ていなかったみたいだ。


「そんなに気にしなくても大丈夫だ。視覚的に見えない角度でしたからな」
「そ、そっか…。…あのね、蓮二。あたし…」


私が言い淀むと、蓮二は微笑みだけで何も言わない。
絶対あたしから言わせる気だ…。
き、キスしたのは蓮二なのにっ…!


「そんなに恨めしげに見なくてもいいだろう?」
「だって、蓮二からしたのにあたしから言うなんて…!」
「すまなかったな。…愛してるぞ、名前」


俺と、付き合ってくれないか?
そう告げてきた蓮二の瞳が薄く開いた。
切れ長な瞳で見つめられて、息が詰まる。
早く、返事をしないといけない。
頭で理解はしているのに、躯がどこも動かない。


「……名前、ここで焦らしてくるとは中々やるな」
「っち、違うよっ!そんなんじゃ…!」
「じゃあ、返事をくれるか?」
「……あたしも…蓮二のこと、好き…。だから…その…あたしでよければ…」


顔が熱い。
好き、って言うのがこんなに大変だなんて思いもしなかった…。


「こればかりはデータ的にも自信がなかったからな。不安だったんだ」
「蓮二が自信ないだなんて…」
「恋は計算出来るものじゃないだろう?だからだ」


苦笑した蓮二はあたしの手を取ると、あたしと自分の荷物も持った。
それが何を意味するか判らなくてあたしは思わず首を傾げてしまった。


「帰ろう。家まで送る」
「みんなまだ討論してるけど。いいの?」
「構わないだろう。俺が責任持って送るからな。それとも、俺以外の奴と帰りたいか?」
「……蓮二がいいに決まってるじゃん」
「なら、遅くならないうちに帰るぞ」


掴まれていた手はするりと恋人つなぎに変えられて。
それが何だか気恥ずかしくって、チラチラと後ろを気にしながら部室を出た。
最後にもう一度顧みたら、精市が気付いてしまってみんなが急いで帰り支度を始めたのが見えた。



「蓮二…。みんな来ちゃうよ」
「邪魔されるのも嫌だからな。…走るぞ」
「えっ!?ちょっ…本気!?」


繋いだ手もそのままに走り出した蓮二はあたしを気遣いながら走ってくれた。
でも、このままじゃ追い付かれる…!


「蓮二!もっと速く走ろ!」
「…あぁ、そうだな!」


あたしと一度視線を合わせた蓮二は、夜の帳が降り始めた校庭を走り抜けた。
繋いだ手だけは、しっかりと握り合ったまま。
あたしたちはとにかく走った。

夏の微かな暑さを背にした、最初の下校。
…きっと何年かしたら、笑いながら思い出すんだね…。




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