立海

□バカな女
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『ごめんね』
なんて何回言ったって足りないね。
ひどく優しくて温かい貴方を騙して、いいようにして。


「愛しとうよ、名前」
「あたしも、マサのこと好きだよ」


笑顔で、本当に普段通りの笑顔で。
詐欺師すらも騙せるあたしは何なんだろうね。


「マサ、あたしね、」
「嫌じゃ。まだ、行かんでくれ」


そう搾り出すように言われたら、あたしは動けなかった。
でも、そろそろ出ないと間に合わない。
景吾に会う、時間に。


「ごめんね、マサ」
「……次、いつ会えるんじゃ?」
「明日…はダメだから、またメールするね」
「判った。今夜、電話してもええ?」
「うん。いいよ」


あたしの言葉の後に
ちゅ、と別れを惜しむかのようなキスをして。
あたしはそれを笑顔で受ける。
どんなことがあっても変わらない笑顔で。


「じゃあまたね」
「…ん。またの」


いつだか会ったユキムラくんって人は、マサは悪魔だって騙せるって言ってた。
でも、マサは悪魔を騙す処か、あたしに騙されてる。
あたしは、悪魔以上なのかな。
マサの家を出ると、景吾から着信が入った。
何だか知らない、クラシックの曲が流れる。


「もしもし、景吾?」
『今どこにいる?迎えに行く』
「いつもの駅前がいいかな。もうすぐ着くから」
『じゃあ今から行く。少し待たすかもしれねぇけどな』
「大丈夫。また後でね」
『あぁ。名前、愛してるぜ』
「あたしも景吾のこと好きだよ。…じゃあね」
『じゃあな』


マサの家から何駅か先にある駅。
そこは景吾の学校とあたしの学校の真ん中くらいだから何かと都合がいい。
知り合いにもあんまり見付からない、そんな場所だから。


(……あ、香水つけなきゃ)


マサは香水とかミストとかじゃないけどすごくいい香りがするから。
家に行くと、絶対に香りがつく。
まるで、本当にマサが傍にいるみたいに。
香水を手首、首、服につけてるとマサの香りが薄れていくのが判って。
あぁ、離れていくなぁ、なんてふと思った。


(……キツっいなぁ、香水)


こんなことしてるなんてマサにも、景吾に悪いって思うけど。
独りは、堪えられなくて。
マサが駄目な日には景吾を。
景吾が駄目な日にはマサを。
あたしは、毎日どちらかといないと生きてられない。
そんなダメな女。


(…今日、景吾に会いたくない)


急行電車に乗りながら考えた。
もう、終わりにした方がいいのかなって。
最初は本当に好きなのはマサだった。
でも、マサは自由奔放な人だったから。
少し寂しいと思ってた時、マサに頼まれて行ったテニスショップで景吾に会った。
そんな景吾はマサと違ってあたしのことを一途に想ってくれる。
けど、マサもそれは同じで。
景吾にこっそり会うようになった頃から、マサは前より私を想うようになった。
でも景吾の存在には気付いてない。
あたしが、何一つ変わらないから。


(でも、独りは嫌。独りは、怖い)


最後のその一歩が踏み出せないから、あたしは二人の間で揺れる。
きっといつまでもそれも変わらない。
どちらかに、この愚かしい行いがばれてしまうまで。


(ごめんね、マサ。ごめんね、景吾)


心の中で何度目になるか判らない謝罪をして、あたしは景吾の待つ駅に降りた。


本当に、ごめんね、二人共。




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