立海

□雨景色に霞む紺
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ざーざー、ざーざー……。
朝から欝陶しいんじゃよ、この馬鹿雨。
こんな天気じゃテニスも出来ん。
かと言って自主練で筋トレする気もなか。


(帰るか、)


ブン太に付き合ってケーキバイキングなんかには行く気せんし、ワカメな後輩と二人ってのも嫌。
そうとなれば今日くらいは早めに家に帰るか、となるわけで。


(…………やられた)


早めに出て来たつもりじゃったのに、朝入れたはずのビニール傘が綺麗になくなっとる。
あれ、不透明なやつじゃからあんまり売ってないのにのう…。


(家まで走れるような雨じゃないしな…)


確か天気予報のおねーさん曰く

『…風速30mの強風と共に激しい豪雨が関東全域で一日続くでしょう。お気を付けていってらっしゃい』

じゃったか。
マジで帰ってこい、俺の傘。


「仁王、くん」
「えーっと……苗字さん。…であっちょる?」
「う、うん。大丈夫だよ。あの、一つ訊いていい?」
「おん。何かのう?」
「…傘、ないの?」
「……見ての通りぜよ…」


…どうも苗字さんには俺が正面口で突っ立っとる変人に見えたようじゃな…。
頭髪は銀色でも、一応中は正常に動いちょるのに。


「じゃあこれ、よかったら」
「……は?」
「傘、持っていかれちゃんだよね?だから、あたしのでいいなら使っていいよ」
「でもそうしたら苗字さんはどうやって帰るんじゃ?」
「家近いから、走ってくよ。学校と大して距離ないから。ね?」


差し出された淡い水色の傘と、苗字さんとを交互に見比べる。
いくらなんでもこんな豪雨の中、クラスメートの女の子を放り出すのは気が引けた。
例えそれが数えた回数が片手で足りる相手でも。
…というか、むしろそんな子だからじゃな。


「いくら近いからってそれは駄目じゃよ。雨、どれだけすごいか判る?」
「判ってるけど、仁王くんが風邪引いちゃったら大変じゃない」
「風邪くらいすぐに治すナリ。それに、すぐに風邪引くほど柔な男じゃなか」
「でも、テニス部のレギュラーなんだから。体が資本でしょ?はい」


無理矢理俺の左手に傘を握らせたと思ったら、苗字さんは雨の中走り出しとった。
そしてすぐに、その姿は雨に掻き消された。


(あーあ…大丈夫かのー…。少し、心配じゃな)


手の中に残された淡い水色の傘。
外に出て、ぽんっ、と開いて女子にしては大きめなそれを指す。
風はもう大分弱くて、傘の心配はしなくてよさそうじゃ。


(明日、なんかお礼せんとなー。何がいいんじゃ、女子って)


濡れずに帰れるからって、そんなことを悠長に考えてた。
今更じゃけど、普通はこういう傘貸すとか何とかって男女逆だったりするんじゃなか?
しかもこれが派手で可愛くもないやつだと、相合い傘しようだなんだってうるさいくらいだし。
苗字さんは中々可愛くて性格もいい人じゃし、仲良うしたいところじゃな。

ところで名前さん、何が好きなんじゃろ?。
それが判ったら話も膨らむやろうし。
それを機にこう…親しくなっちゃったりして?
ってか、何でこんなに苗字さんのこと考えてるんだ、俺。


(苗字さんが可愛い…から?)


違う。
多分それだけじゃなか。
…まぁ、苗字さんと仲良くなったら言ってみるか。
そんなことばかり考え過ぎて水溜まりに思い切り脚を浸けてしまった。



雨景色に霞む紺


翌日、苗字さんは学校を休んだ。
案の定風邪を引いてしまったらしい。
それを聞いた俺が担任に彼女の家の場所を訊きに行ったのは言うまでもない。
彼女が好きだと聞いたケーキを買って、見舞いに行くために。




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