立海

□曇った鏡にさようなら
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私は一体、何だってこんな状況にいるんでしょうか…。


「わー!すっごいあわあわー!ね、ね、比呂士!すっごくない!?」
「そ、そうですね…」


曇った鏡越しに、髪をアップにしている名前さんがぼんやりと見えた。
できたての泡風呂の中、一人楽しそうに笑っている。


「ねー、比呂士ー。まだ髪洗ってるの?」
「あ、いや、今は躯を洗ってますけど…」
「洗ってあげよっか?」
「け、結構です!!」
「つまーんなーいのー」


何度もちらりと鏡を見る度、名前さんの行動が気になってしまう。
大体、何で一緒に入浴することになったのか…。
今思えば、名前さんの家に久し振りに行ったことが始まりだった気が…。


「比呂士ー、背中くらい洗わせて?」
「本っ当に大丈夫です。自分でできますから」
「でも、比呂士ったら全然こっち来てくれないんだもん。あたしから行くしかないじゃない」


名前さんはそう言うなり、バスタブから出て来て私の後ろに来た。
い、今振り向いたら、私は…。


「そんなに恥ずかしいの?あたしと一緒にお風呂入るのが」
「当たり前です!こんな明るいところで…」
「でも、何回も見てるでしょ?あたしの裸なんて。それとも…もう見飽きちゃった?」


曇りかけた鏡に、哀しそうに俯いた名前さんが映る。
ひどく、哀しそうな顔……。


「不安なんだよ、あたし。年上だし、あんまり比呂士に会えないから。だから久し振りに一緒に居られるなら、何かしたい、って思ったの…」


ぽつり、と呟かれたその言葉は浴室に静かに響いた。
そうだ、こうなったのも名前さんが誘ってくれたからで。
そんな名前さんの顔は、もう鏡に映っていなかった。
今、どんな顔をして立っているか、振り向かないと判らない。
なら、私は………。

首に回された腕に触れると、微かに冷たくなっていた。
少し湯冷めさせてしまったようですね…。


「名前さん、」
「振り向かないで。今あたし、ひどい顔をしてる」
「どんな顔をしてたって、貴女は貴女です。でも、泣いては欲しくない」


名前さんの腕を解いて顔を見れば、やはり泣いていて。
傷付けてしまったと、気付かされる。


「ね、ごめんね、我が儘で」
「このくらい、可愛いものですよ」
「しかも、年上らしくなくて」
「全然構いませんよ。さ、一緒に入りましょう?」


ゆっくりとバスタブに入るように促すと、ひたひたとした足音がする。
もちろん、二人分。


「温かいですね」
「…うん」
「とても気持ちいいです」
「なら、よかった」


向かい合わせに座って見つめ合うと、名前さんも笑ってくれた。
始めから、こうしていればよかったんですよね。
久し振りだからと変に緊張してしまって。
本当に何をしていたんだか…。


「にしても、名前さんからああいう言葉聞けたのはよかったです」
「ああいう?」
「不安だ、とかですよ。いつも正直な気持ちは誤魔化すじゃないですか」
「そ、そんなことっ…」
「まあ私としてはそこが好きですが」


そう言えば、ほんのりと頬を赤く染めた名前さん。
ああやっぱり可愛らしい…。


「これからは、ちゃんと言う、ね」
「そうですね。できれば、でいいですよ」
「これからは比呂士に甘えてやるんだから」


ぎゅっ、と抱き着いて来た名前を抱き留めて、目を閉じた。



曇った鏡にさようなら


(や!ちょっと比呂士!寝ないでー!)
(ん…だいじょぶ、です…)
(目、開いてないってば!起きてー!)


結局、揃って逆上せました。
けど、それでも二人で笑えることを幸せだと感じるなんて。
もう、どうしようないくらい名前さんが愛しくて仕方なかった。




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