立海

□もうそれ以上泣かないで
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一度だって、泣かしたいなんて思ったことない。
だから、お願いだから笑ってよ。



−もうそれ以上泣かないで−


毎週水曜日。
決まって赤也はあたしの家に来る。
大学に通うと同時に始めた一人暮らしのこのマンションを赤也は随分と気に入ったらしい。
赤也にしたら便利なのだろう。
あたしたちの関係は赤也の浮気の上に成り立ってるものだから。


「名前さん、」
「……ん…なぁに?」


ひどく疲れて、眠ろうとしていると赤也が声を掛けて来た。
その声に応えるために、至近距離にある赤也の顔を見る。


「どうかしたの?赤也」
「あの、今から言うこと、真剣に聞いてくれますか?」
「もちろん。でも、何の話?そんな改まっちゃって」
「………俺、今日カノジョと別れました」
「……………え?」


ちょっと待ってよ。
何で?
だって、赤也がそんなことするはずないじゃない。
あんなに、彼女のこと可愛がってたのに?


「……うそ」
「嘘なんかじゃないス。俺、名前さんのこと、本気なんスよ」


ぎっ、とベッドのスプリングが鳴る。
赤也があたしとの距離をなくそうと近付いて来たからだ。


「やだ…赤也。そんな冗談止めてよ…。全然笑えない…」
「…俺、真剣に聞いて下さいって言ったじゃないスか」
「っ…だからって…そんなの、信じられる訳ないじゃない!」


鈍く痛む腰に気を払う余裕もなく、起き上がって赤也を睨んだ。
だって、そんなのおかしいじゃん。
あたしみたいな年上、本気にしてどうすんのよ…。
自虐的なことを考えたら、目からボロボロと涙が落ちた。
何、泣いてんの、あたし……。

泣くくらいなら、赤也とこんな関係にならなきゃよかったのに。
だって、そうでしょ?
後悔するくらいなら、愛さなきゃよかったんだよ。


「…名前さん、泣かないで下さいよ」
「だってっ…あんたがこんなバカなことするから…!」
「俺、悔やんでないっスよ。あいつより、名前さんといる方がいいって思ったから。ちゃんと名前さんと付き合いたくなったんス」
「でもっ…。こんな年上の女……どうすんのよ…」


赤也には、彼女のような可愛い女の子が似合う。
あたしみたいな女なんか、本当は似合わないのに。
でもそんな赤也がなんでこんなにも愛しいんだろう。


「名前さん、好きです」
「……バカ…」
「本当に、大好きです」
「………」
「愛して、ますから」
「………っ、あたしもっ…!」


直接感じる赤也の熱に涙が余計に零れる。
抱き締められた腕の中、それはもうみっともないくらいに泣いた。
だって、赤也の一番になれる日を願っては消してたのに。
それが現実になるなんて、これっぽちも思ってなかった。


「ねぇっ…本当に、ずっと一緒にいてもいいの…?」
「俺が名前さんじゃないと嫌なんスよ」

涙塗れで相当可愛くない、なんて思ってたら赤也がそれを拭うようにキスをくれた。
あったかい、なんて言葉だけじゃ形容出来ないような感覚。


「その…、泣かしたくて言ったんじゃなかったのに、なんかすんません」
「いいよ…。だって、これからは一緒にいられるから…」


赤也に笑って見せたらまた涙が少し零れたけど、いいの。
この涙も、すぐに止まる。


(お願いだから、ずっと笑ってて下さいよ)
(もう、泣かせるようなことはしないから)


淡く明るくなり始めた部屋で、最後にそんな言葉を微かに聞いて、眠りに落ちた。




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