立海

□その笑顔をあたしに下さい
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振り向いて欲しいから。
なんて言うあたしは馬鹿なのかな?


「はい、丸井くん」
「おー!マジ助かるわ!ありがとな!」
「もー。次は寝ないようにね?」
「判ってるって!しっかし相変わらず綺麗なノートだなー」


渡したノートを捲って明るい笑顔をあたしに向けてくれた。
やっぱり丸井くんの笑顔、好きだなぁ…。


「また甘やかしてるんか、名前ちゃん。これ以上丸いブタを甘やかしてもいいことなかよ?」
「誰が丸いブタだっつうの!そんなに太ってねぇよ!」
「確か俺より身長低いのに体重一緒じゃった気がするんじゃけど……」
「そ、そんな訳ねぇだろぃ!おおお俺、ジャッカルに辞書借りて来る!」


バタバタと走っててしまった丸井くんを見て残念に思った。
仁王くんが嫌いな訳じゃないけど、やっぱり丸井くんが一番だから。


「相変わらず仲良く取り繕っとるんじゃな」
「だって、じゃないと何時切られちゃうか判らないから。丸井くんの傍にいられなくなるのは辛いし」


仁王くんはあたしが丸井くんを想ってるって知ってる唯一の友達。
女友達には気恥ずかしくて言えなかったのに、仁王くんには言えてしまった。
すごい不思議。


「いい加減、告白してもいいと思うぜよ」
「まだ駄目だよ。今のあたしじゃフラれちゃうから」


そうしたら丸井くんに好きになってもらうのは愚か、大好きなあの笑顔も見れなくなっちゃう。
そんなの、あたしにはとても耐えられない。


「もう少し自分に自信持ちんしゃい。俺、よく思わん女子の傍には居らんよ?」
「……ん。仁王くん、やさしいね」


あたしが小さく笑うと、仁王くんがぽんぽん、と頭を軽く叩いてくれた。
いつかあたしは丸井くんに好きって言えるのかな?
言わなきゃ、伝わらないってことは、当の昔に理解してるけど。
丸井くんが少しでも好きになってくれる日を待ち望んでいるあたしは卑怯かもしれない。










窓から差し込む日差しに照らされた教室で一人、日誌を書く。
残った仕事はこれで最後。
あたしのクラスだけ日直が一人だなんて。
毎度のことながら仕事の多さにげんなりする。


(授業内容は終わったし、出欠欄だけだ…)


ふ、と欠席欄を前に手が止まる。
今日、休んだ人なんていただろうか?
頭を捻りに捻っても思い出せない。
記憶力ないな、あたし。


「思い出せないなあ……」
「何の話だよ?」
「今日欠席がいたかどうか………。え?」


くるり、と首を声がした方に回すと丸井くんが。
おかしいよね、丸井くん、部活のはずだし。


「あぁ、夢ね…」
「人のこと見て夢だなんて、失礼過ぎるだろぃ」
「………白昼夢とかじゃ?」
「俺はそんなに非現実的存在かよ」


丸井くんのガムが弾けた音が鮮明に聞こえる。
……やばい、夢じゃないらしい。


「………何か、ごめんね。意味判んないこと言って」
「いや、大丈夫だけどよ。それよりさ、日直まだ終わんねぇの?」
「うん。あと出欠欄だけだけど」
「そっか。あ、欠席なしだぜ。今日」
「あ、ありがと…」


さっきの意味不明な言葉気にしてないかな?
どうしよう、変な女だ、とか思われちゃったら。
もう頭の中ぐしゃぐしゃだ。
出欠欄に書いた「なし」の文字も下手過ぎる。
何も、上手くいかない。
二人っきりになんかなったのは初めてで、心臓が痛いくらいに煩く鳴る。
丸井くんの方を見るなんてこと、できるわけもなくて、視線を落とした。


「俺な、大切なモン取りに来たんだ」
「宿題、とか?明日、丸井くん当たるっけ?でも、丸井くん国語得意だから大丈夫だよね」
「宿題なんかじゃねぇよ。なぁ、俺のこと見てくねぇ?」


必死に日誌を見つめていたら、丸井くんの手が肩に触れた。
そのままするり、と丸井くんがあたしを後ろから抱き締めて。
視界の隅に真っ赤な髪が見える。


「俺な、最初はお前のこと、ただのいい友達だって思ってた」
「………うん」
「美味い菓子くれるし、優しいし、何よりも、すごくあったかかった」
「あった…かい?」
「なんつうかさ、お前の雰囲気って穏やかで、一緒にいると知らない内に癒されてたんだよ」


抱き締められる力が増した。
……自惚れじゃないよね?
抱き締めてもらってるのは、他でもないあたしであって。
しかも癒されるって、言ってくれてた。
ねぇ丸井くん、あたしの気持ちと一緒なの……?


「だから、さ、その、俺と…付き合って……くんねぇか……?」
「………」
「やっ、嫌ならいいんだよ!よ、よくねぇけど……俺、本気だから」
「……き、」
「今、何て……」
「あたしもっ…好き、だよっ……」


次から次へと流れる涙が日誌に落ちる。
嬉しすぎてどうしようもない。
好きになってもらえるなんて、本当に夢みたい。


「名前、泣くなよ」
「だってっ……嬉しい、から」
「なら笑えって。ほら!」


前に回って、目線を合わせてくれた丸井くんはいつも以上の笑顔で。
この笑顔を一番傍で見れると思うと、自然と口角が上がった。


「これからよろしくな、名前」
「うんっ…!よろしく、ね……ブン太、くん」


初めて名前を口にすると、少し驚いたみたいだったけどすぐに微笑んでくれた。
あたしの、一番好きな笑顔で。




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