立海

□ピリオドを打つのはその唇
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目の前にとん、と置かれたミルクティーのペットボトル。
それと何故か仁王雅治。


「………何で今日も来るの?」
「来たら悪いんか?」
「仁王には不釣り合いだって言ってるじゃない。本なんか読まないくせに」
「今日は読むぜよ。ほら」


これ見よがしに本を突き出して来る。
聞いたこともない古めかしい本だった。


「静かに読書しててよね。仮にも図書室なんだから」
「りょーかいナリ。あ、そのミルクティーは名前ちゃんへの差し入れじゃから」
「図書室、飲食禁止なんだけど」
「じゃあ後で飲めばよか。別に今飲まんとなくなる訳でもないし」


にこにことした笑顔を向けていた仁王が本を読み始めたことを確認して、あたしも視線を本に戻す。
なかなか面白い本だし、続きが気になる。
ぺら、とページを捲ると少し間を空けて前からも紙の擦れる音がする。
意外と真面目に読書なんか出来るんだ、なんて感心したりして。
暫くしてもちゃんと本を読む仁王を見てるとつい、笑いが零れてしまった。
それに気付いたのか仁王が顔を上げた。


「何か笑えるとこでもあったんか?」
「違うよ。仁王と本があんまりにも似合わないから、つい、ね」
「ひどいのう。俺だって本くらい読むナリ」
「そうだけどさ。あー、何でこんなにおかしいのかな」


あたしが笑い声を堪えながら絶えず笑っていると仁王がかたん、と席から腰を上げた。
瞬きをしたほんの僅か間に額に何かが触れた感覚。
思考が追い付かなくて、仁王を視界に捉えると困ったように笑んでいた。


「………に、おう…?」
「笑顔があんまりにも可愛かったから我慢できんかった。おでこじゃから、許してくれんか?」


何に対して許しを乞われているのか理解できずに黙っていると、仁王の切れ長な瞳が見開かれていく。
目の前に身を乗り出したままの仁王の様子を、珍しい表情だな、なんて頭のどこかでぼんやり思っていた。


「今、俺が何したか判っとらんの?」
「………いや、判ってないんじゃなくてさ、」
「判ってないんじゃなくて?」
「その……処理出来てない、感じ?」
「…………は?」
「だからっ……、何て言ったらいいんだろ…。とにかく、現状が把握出来てない、の」


勘違いとか、気のせいとかじゃ済まされない。
そう判ってるはずなのに考えれば考える程、顔に熱が集まるばかり。
どうしていいか判らず、自分の頬に軽く触れてみると驚くほど熱かった。


「……あの、さ」
「ん?」
「仁王はさ、あたしのこと……す、」
「好いとるよ。だから、額にキスしたんじゃ」


言い淀んでいたあたしの言葉を繋ぐように席に座り直した仁王がそう口にした。
まっすぐに、あたしを見て。


「好きでもない女のために毎回好きでもない図書室に来たりせん。それに、好きでもない甘いミルクティーを買ったりもせん」
「仁王……?」
「好きでもないのに、話しに来たりするほど、俺はお人よしじゃなか。これがどういう意味か、頭のいい名前なら判るじゃろ?」


ここまで言われて判らない訳がない。
しかもいつもちゃん付けしてる癖に。
こんな時に呼び捨てにするなんて。


「あたしだって、好きでもない人と本読んだりしないしわざわざ相手しないよ」
「それ、いいように解釈してもよか?」
「…そうしてくれないと言った意味ないじゃない」
「………嬉しか」


ぽつり、と呟いた仁王が本当に嬉しそうに笑うから。
あたしも嬉しくて仕方なかった。
大切に想ってる人が笑うことをこんなに愛おしく思えるなんて。
あたしは思いの外、仁王が好きなのかもしれない。
そう思ったことはさすがに恥ずかしくて言えないけど、ね。




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