企画部屋

□たった一つの約束をしよう
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かちかち、と使い慣れしたケータイを操作する。
ゆらゆら揺れるストラップがたまに手に触れた。


「メールかー?仁王」
「そうじゃよー」
「カノジョー?」
「…だったらどうする?」
「はっ!?いつの間に彼女なんか作ったんだよ!」


横でぎゃあぎゃあ騒ぐブン太を無視してケータイを閉じる。
口にした言葉は半分嘘。
新着メールは今日も今日とてゼロで。
連絡が来なくなってどれくらいじゃろうか?


「彼女って年上?」
「何で判るん?」
「や、仁王ってお姉さん系のが似合いそうだから。なんか色気すっげー感じの」
「……それはハズレじゃな」
「じゃあどんな彼女なんだよー?」
「秘密。じゃあまた明日ナリ」


適当に話を切って、帰路に着く。
ブン太が反対方向で助かった。


(名前さん、元気かの……)


一向に鳴らないケータイ。
自分から連絡をするのは何故か憚られた。
年上、というのもあるかもしれん。
ただ自分とは違う時間を生きる名前さんの邪魔になることはしたくなかった。


(……俺、女々しいかも)


気が付けば目の前には名前さんのマンション。
いくら近いからって、これは重症だろう。


(早う、帰ろ)
「………雅治、くん…?」


踵を返したら、懐かしい声を聞いた。
記憶にあるよりも髪が少しだけ伸びてる気がする。


「久し振り、じゃの」
「えっ、と、その……何かあった?」


何かあったのは名前さんじゃなか?
なんて口にすることもできんくて、ただ視線を逸らした。


「……最近、元気にしてた?」
「ん……。名前さんは?」
「あたしも、かな。少し、忙しいけど」
「……名前さん、」
「そ、そろそろ帰ったら?夜遅いし……あたしたち、もうダメ…なんだから」


駄目……?
名前さんの言葉を理解出来ない。
いつ、そんなことになったんじゃ…?
その言葉を理解できず、呆然としていると名前さんは黙って俺の横を通り過ぎようとした。
反射的にその手を掴む。


「……放してっ…」
「名前さん、何時俺らの関係って終わったん?」
「知らないよ……。雅治くん、ずっと連絡くれないから」
「それは名前さんじゃろ?ずっとメールも電話もしてくれんかったんだから」
「だって!いつも連絡するのあたしばっかりだったからっ…!もしかして、鬱陶しく思ってるんじゃないかと思って止めたら、本当に何にも連絡なくて………」


名前さんの綺麗に縁取られた目から涙が見たことないくらい沢山こぼれて来た。
気付かないうちに俺は名前さんを不安にさせとった、わけで。
そう考えると、待つことしかしなかった自分がひどく愚かに思えた。


「名前さん、よう聞いて」
「何、を…?だって、もう…」
「俺な、名前さんの方が年上で忙しいこと、判っとったつもりだった。だから、邪魔にならんように自分からは連絡せんかった」
「じゃあ、あたしのこと………」
「鬱陶しいだなんて思ったこと、一回度もなか。じゃからもう駄目だなんて言わんで」


話したいことが沢山ある。
でも今は名前さんと一緒にいるだけで嬉しくて。
久し振りに感じた温もりを両腕一杯に噛み締める。


「これからは、俺からも連絡する」
「うん……」
「毎日大好きだって、電話もする」
「…っうん」
「時間作ってこうやって会いにも来る」
「約束だよっ…」
「約束じゃ。絶対、破らんから」


そう誓うと、名前さんは俺の腕の中で綺麗に笑ってくれた。
涙で濡れた顔も、抱き締めてくれる温かさも全部。
愛しくて仕方なかった。




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