氷帝

□fell in you
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翌日から俺は名前に関わらんかった。
例え朝練があったって一緒に行っとったけど、それもせえへんようにした。
もう、顔なんか見れん。
次に会うたら何を言うてまうか判らへんから。
せやけど、一つの出来事であっさり嫌いになれるような相手やない。
それが、余計にしんどいねん。


「なぁ、侑士。今日は彼女と飯食わねぇの?」
「…ああ。ええんよ」
「そっか。さっき三年のとこで見掛けたからよ。てっきり侑士に会いに来たと思ったぜ」
「さよか。…ほら、早う行かんと時間なくなるで、岳人」


そう岳人を促したが、内心気になっとるんが本音やった。
あの名前が俺に会いに来た…?
感情表現が苦手で、恥ずかしがり屋な名前。
そんな名前が、自分から俺に会いに来たなんて。


(信じられへんわ…)


岳人と適当に会話をしとっても頭のどこかで名前のことが引っ掛かっとる。
何やねん。
離れたら忘れられると思っとったのに。
余計に色濃くなるってどういうことや。


「…侑士。顔、怖いぜ」
「気のせいやろ」
「なぁ、やっぱり彼女と何かあったんだろ?だから…」
「気のせいや言うてるやろ!!」


自分の声で我に返ると、岳人が驚いた顔しとった。
俺かて驚いたんや、岳人なら尚更や…。


「…何があったかのか知らねぇけどよ。いつもの侑士らしくねぇのは俺にだって判る。だから…あの子のところに行って来いよ」
「……堪忍な岳人。今度何か奢ったる」
「おう。楽しみにしてるぜ」


笑顔で見送ってくれた岳人に背を向け、廊下を走り出した。
何があって、あないなことになったんかは判らへん。
せやけど、もう名前が俺のこと愛してへんとしても。
せめて、ちゃんとした別れを。
せやないと、名前との綺麗な記憶が、憎らしく、疎ましくなってまうから。
哀しく、泣き出したい想いを堪えて、俺は名前を求めて走った。










もうすぐ、昼休みが終わりを告げる。
予鈴がさっき鳴ってしもうた。
もう、時間はない。
これ以上時間を置きたないっ…。


(どこにいるん…名前…!!)


どこに行っても名前はおらんくて、走りに走った。
好んで行きそうな所はもう殆ど見て回ったんやけど、どないしても見つからへん。


(…せや、まだサロン行ってへん)


よく二人で読書したりしとったサロン。
もしかして、そこにおるんかもしれん。
時間的にもこれが最後や。
この勘が外れたら…。
最後の曲がり角を曲がると、小さな女の子がサロンから出て来た。
あれはっ…。


「名前っ!!」


俺の声に気付いた名前は、怯えた表情を浮かべた。
俺にそないな顔向けんといて…!


「侑士…先、輩…」
「話あんねん。あんな、「ごめんなさい!!」

初めて聞いた、名前の大きな声。
それは今まで聞いた中で一番力強かった。


「あ、あの…。昨日の、ことなんですけど…」
「…名前の服や、ないやろ…?」
「はい…。実は、あれ……。お姉ちゃんが作った服なんです…」


…………。
今、何て言うた?
『お姉ちゃんが作った服』?
ちゅうことは……。


「お姉さん、デザイナー…ちゅうこと?」
「はい。お姉ちゃんみたいに裁縫までする人は珍しいんですけど…」
「じゃあ、大切そうにしてたんは…」
「あたし、お姉ちゃんの作った服が好きで…。でも、そんなとこ人に見られたことなかったから困っちゃって…」


ああアホや、俺。
ひどい話やん。
全部が全部、俺の勘違いて…。
めっちゃかっこ悪いやんか。
目も当てられへん…。


「名前、ホンマに悪かったわ…」
「いえっ!…その、あたしがちゃんすぐに話せばこんなことには…」


ごめんなさい、と。
小さく呟いた名前の声が胸に響いた。


「年上彼氏失格やんなぁ。こないに気ぃ遣わせて」
「いいんです。あたしが今まで甘え過ぎてたんですから…」


柔らかく笑う名前を見とると、不意に名前に触れたい衝動に駆られた。
少し間やったけど、離れて判ったんや。
本気で恋する苦しさ。
愛おしさ。
そんなんがあるから恋って楽しいんやなぁ。
俺の誤解が解け、ホッとしとると本鈴が鳴り響いた。
それに、明らかな焦りを見せる名前。


「侑士先輩っ。教室に行きましょう?今ならまだ…」
「アカン。今から行っても遅刻や」
「で、でも。何とか言えば大丈夫ですよ」
「授業とかええから、この時間はサボらへん?名前」


慌てていた様子から一変、俺の言葉を聞いた名前は、裾を掴んで淡く赤くなった顔で苦笑した。
……可愛ええ。


「…今回だけ、ですからね」
「ん。ほな、行こか」


何気なく手を取ると、名前の顔は一段と赤くなって視線が微かに泳いだ。
手、繋ぐん…まだ慣れへんのか。
一つ一つが愛しくて仕方ない。


「侑士先輩。一つ、いいですか?」
「何でも言うてみ?」
「えっと、その…。今日、一緒に帰っていいですか…?」


怖ず怖ずとそれだけを口にした名前はまた顔を真っ赤に染め上げると黙ってしもうた。
…こういう気持ちってなんやろ。
妙にドキドキしてきたんやけど…。
名前のこと、ちゃんと見れへん…。


「…やっぱり、迷惑でしたよね。ごめんなさい」
「……っちゃうよ!そないなこと、あらへんから…。一緒に帰ろか?」
「……はいっ」


考え過ぎんでもええか。
こう言うたら、名前が笑ろうてくれるんやから。
それでええやんな。
あの早い鼓動も、名前のことを想う気持ちから来てるんやから。



−fell in you−


また君に、落ちた気がした。




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