氷帝

□泡沫な夏にさようなら
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いつものメンバーで花火しよーよ。

そんな季節外れの突拍子もないことを言い出したのは名前さんだった。
明るく朗らかで人を引き付ける名前さんの言うことに、誰も反対しなかった。
………俺を除いて。

強引に参加させられたそれは、跡部さんが変に気合いを入れたせいでド派手なものが多かった。
七色に変化する花火にやけにものすごい飛距離のロケット花火。
わざわざ人気のない海辺にまで来てやっているのだから騒いでも問題はないのだけれど。
如何せん、あのテンションには疲れる。
少し距離を取り、ぼんやり海を見ているとすぐ隣でぱちぱちと火の爆ぜる音がした。
名前さんがわざわざ花火をしながら来たのだ。


「わかしー、あっちで花火しよーよ」
「今休んでるんで、後で行きます」
「そんなこと言って、終わるまで来ないつもりでしょ」


まさに図星。
寸分違わぬ返事に何も返せなかった。
どうしてこうも俺の考えを当てられるのだろうか。


「若の考えてることなら何だって判っちゃうんだよ」
「なんで、ですか?」
「さあなんででしょう?」


考えるために黙ってしまうと未だに燃え尽きない花火と遠くの先輩たちの声しか聞こえなくなった。
前々から不思議だった。
名前さんは俺の考えを読むのが異様に上手いから。
何度も、自惚れそうになった。
でもこの人が俺のものになる日は来ない。
だって、


(宍戸さんの、彼女だ。この人は)


いつも二人は一緒で、どんなに遅くなろうと宍戸さんは名前さんを送り届けている。
どう見たって、恋人のそれだった。
ぎり、と唇を噛み締めて思考を中断する。
こればかりは一生覆せない事実だから考えても無駄だ。


「……判らないですよ。俺に構う物好きな人の考えなんて」
「じゃあ正解言っちゃうよ?」
「お好きにどうぞ」

「正解はね、あたしが若のこと好きだからだよ」


長かった花火がついに消えた。
そのせいで暗闇に紛れた名前さんの表情を窺い知ることは出来なくなる。
嘘か否か。
突然の言葉に頭が上手く働かず、やっと出た声は僅かに掠れた。


「……からかってるんですか?」
「本心だよ。あたしは、若が好き」
「、宍戸さんは」
「亮?ただの幼馴染みだよ。家が近いの」


あっさりと返された返答に力が抜け、入れ替わるように顔が熱を帯び始めた。
可能性なんて微塵ないと思っていたせいで何を言えばいいか見当もつかない。
一体どうしろって……!


「若はあたしのこと、どう思ってるの?」
「……っ、き…」
「若?」
「好き、ですよ…。どれだけ俺があなたのこと見てたと思ってるんですか」
「んーとね、一年の秋くらいかな」


あまりに明確で、しかも正しい言葉に顔が余計に火照っていく。
……暗くて本当によかった。


「当たりでしょ?若のことなら何でもお見通しだもの」
「、じゃあこれも予想出来ましたか?」


何でもお見通しな名前さんに対抗するように。
力一杯、その細い体を抱き締めた。


「わか、し」
「何ですか?」
「………好きだよ」
「俺も…です」


背中に感じる小さな手の熱さに、夢じゃないと確信できた。
淡い、夏の終わり。




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