立海

□夢心中
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夢を、見た。

あたしが彼を切りつける夢。
あたしが彼を刺す夢。
あたしが彼を、


「……………っ!!」


あまりの不快感で目が醒めた。
じとりとした汗が全身を覆っている。自分の躯が他人のもののように動かない。
手足がまっすぐ張ったまま。
仄暗い天井を見て、息をする。
かちかちかち…、歯が音を立てる。
また、あの夢。
夢なのに、夢、なのに。
手に残るこの、感覚は。


「………れん、じ」


視線を横に向けると、静かに規則正しく胸を上下させて眠っていることが確認できた。
やっぱり夢だった。
今回も夢で済んだ。
それにようやく深い深い安堵を覚える。


「、名前……」


突然宙に浮いたあたしの名前に躯が跳ねる。
いま、呼ばれたの?
蓮二、に。


「蓮、二………?」
「ああ……おはよう……。今日は、随分と早起きだな…」


寝起き特有の掠れた声を出す蓮二。
そんな些細な日常にぽろり、と涙が落ちた。
今日も一日が始まる。
蓮二がいる、いつも通りの一日が。


「……嫌な夢を見たのか?」
「う、ん」
「それが俺に関するものだった…違うか?」


温かい声にただ首を縦に振って応える。
一体どこまで察してくれるのだろうか。
でもまさか夢の内容が、

蓮二を、殺す夢でした。

なんて言えるわけがない。
あたしが、それを心のどこかで望んでいるのかもしれないから。
いつか夢は深層心理を映す、と聞いたことがある。
それが本当ならあたしはいつか、


「名前になら、殺されてもいい」
「………っ!?」
「それで名前が満たされるなら、喜んで死のう」
「れ、んじ」
「なんで判ったの、と訊きたいのだろう?判るさ。何故なら、」


俺も同じだから、な。


ふわり、と笑った。
蓮二の、笑顔。
同時に、首の圧迫感。
空気が、通らない。
言葉が、紡げない。

無意識に本能的に、蓮二の手を外そうと藻掻く。
あたしのすきなゆびが、ぐ、とくいこむ。


「名前が俺を殺す日が現実のものとなるなら、俺もこうしてお前を殺そう」
「っ…かっ……」
「そうすれば、どちらかが取り残されることはない」


ふ、と蓮二の手から力が抜けた。
途端に舞い込む空気にむせ返る。
いた、い。
肺が、喉が、いたい。


「名前」
「………っな、に…?」
「これでもう怖くなどないだろう?だから、今はもう少し眠ろう」


優しく抱き締められ、脳に蓮二の声が流れこむ。
この温かさは、痛みは、夢ではない、のかな。
直接感じる肌の熱は、あたしのものなのか、それとも。










夢を、見た。

あたしが彼を刺す夢。
彼があたしを絞める夢。
彼が、あたしが、

互いを、殺す夢。
次に目を開けばそこに映るのは、



夢心中


今日も一日が始まる。
やたらと軽く感じる躯を起こして鏡を見た。
真っ先に目に入ったのは首の、赤い手形。
夢じゃ、なかったんだ。
青黒くなり始めてるそれをなぞると、自然に口元が緩んでいった。




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