立海

□また、来年
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あつい、あつい夏の一日。
夕方のヒグラシが遠くで鳴いている。
目線右下に、黒の日傘。


「あついのう、名前ちゃん」
「あついねー」
「涼んでから帰ろ。そうしたらすこしは涼しくなるぜよ」
「そうだね、そうしよっか」


日傘の下から俺を見上げる名前ちゃんの額にうっすらと汗が見えた。
ああ、せっかくお化粧してくれているのに。
このまま落ちてしまうんじゃなかろうか。


「やっぱり海でアイス食べよう、仁王くん」
「海? 名前ちゃん、日焼けするじゃろ。どっか入った方がよかよ」
「いいの、もうほとんど沈みかけてるから。ね、そうしようよ」


それで夕日が沈むの、一緒に見ない?

その言葉と同時に名前ちゃんの髪が風にかすかに乱され、顔が見られなかった。
でもなんだかとても悲しそうで。
どこかに行ってしまうんじゃないかって。
らしくもない胸のざわつきに自分でも動揺していた。


「名前ちゃん、名前ちゃん」
「なあに?」
「なあ、どっか行ったりせんよね? ずっと、ずっとおってくれるよな?」
「……仁王くん」
「いやじゃよ、どっか行ってしまうなんて。それなら俺も、連れてって」


らしくない、らしくない。
そんなの自分でもわかってる。
でも、だって。
名前ちゃんは、俺の側にずっとは。


「あたしも、ずっとここにいたいなあ」


震えた、声がした。
弾かれるように隣りを見るももの、名前ちゃんの顔は日傘で隠されてしまってて。
すこしだけ、名前ちゃんより歩調を速めて前に回る。
それでも、顔は見えなかったけれど。
止まってくれた名前ちゃんの足元のアスファルトにはぽたぽたと水滴が落ちていった。


「また、さようならしないとね」
「なあ、名前ちゃん」
「ごめんね、ごめんね。でもあたし仁王くんが好きで」
「……っ俺も好きじゃよ。だから、謝らんで」


海からの夕日に照らされた名前ちゃんの体がすこし、透けて見えた。
今年も、きてしまった。
迎えたくもない、お盆明け。


「また、来年も来ていい?」
「……もちろん。また、いつものところで待っとるよ」
「来年はやく来ない、かなあ」
「すぐじゃよ。すぐ来る」
「……うん、そうだね。仁王くん、」


今年も、ありがとう。

突然吹いた強風に目を閉じてしまったほんの一瞬の間。
もう、名前ちゃんは目の前からいなくなってしまっていて。
前も後ろも右も左も、人一人といない。
また、帰っていってしまったのだ。
とおくとおく、手の届かないところに。



また、来年


そうして一年、またひとりきりで盆を待つ。




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