立海

□Small worries
2ページ/2ページ



次の日、あたしは雅治と一緒にいた。
クラスが同じだから当たり前の事だけど。
雅治はあたしを横向きで膝の上に乗せて髪を触ってる。
あたしたちのクラスは皆優しいから、安心して傍にいられるのが利点だった。


「あ、またお前達イチャついてんのかよぃ」
「このくらいイチャつく内に入らんぜよ。のう、名前」
「あたしは、ちょっと恥ずかしいけどね」


あたしがそう言うとブン太が得意げな顔をして雅治を見て、あたしはその雰囲気に顔が綻んだ。
その時あたしの躯がビクッ、と跳ねた。
強い視線が、突き刺さるように感じたから。
その出所を探すと、教室の入り口辺り。
昨日、あたしに冷やかしの言葉をかけた子たちだった。


「どうしかしたんか?名前。きょろきょろしよって」
「う、ううん。何でもないよ…」
「何だか顔色悪い気がするのう…。保健室、行くか?」


雅治が心配そうにあたしを覗き込むから、また作り笑いをして、雅治にしがみついた。
どうしよう、どうしよう。
このままじゃ今のままで、いられない。
…このままだったら…。

何もかも、壊されてしまう…。


「…………。ブン太、次の授業休むから適当に言い訳頼むぜよ」
「え?何なんだよぃ、急に」
「とにかく頼む。じゃあの」


あたしは、雅治が何でそう言ったのか理解出来なかった。
歩けるかと問われ、小さく頷くと雅治があたしの手を引いて歩き出す。
…どこに行くんだろう。
雅治の顔が見えないから、二人の間に出来た沈黙がやたら重い気がした。

もしかして、もう駄目なのかな…。
あたし、雅治に何にも出来なかったから。
もう少し何かしてあげられたらよかった。
これと言って、彼女らしいことを何一つとして出来なかった気がする。
雅治はこんな私を大切してくれたのに。
あたしは、何も返せなかった。


「ここなら、ゆっくり話せるかの」


雅治があたしを連れて来たのは資料室だった。
埃を被った社会系の資料が目に入る。
床にまで雑多に転がされた資料がやたら多かった。


「名前、思ってること話しんしゃい」
「………え?思ってる、こと……?」
「俺が判らんとでも思ったんか?お前さんがたまに作り笑いしてることくらい、気付いとったぜよ」
「………っ!!」


雅治にはあたしのこと、全部お見通しだったんだ。
あたしが無理して笑ってたことも、全部全部。
それを知らされた途端、あたしは怖くなって二、三歩後退した。
堪らなく目の前の愛しい人が怖くなった。


「!!名前!止まりんしゃい!!」
「え…?」


何かを踏んだ感触を感じると、いつになく焦った顔をした雅治が見えた。
そして、すぐに天井が視界に入った。
悲鳴なんか上げる間もなくて、そのまま床に躯を打つ。
………はず、だったのに。


「雅、治……」
「危ないところじゃったな…」


あたしの躯は衝撃が受けるどころか、雅治の腕の中に収まっていた。
助けて、くれたんだ…。


「無事でよかった…。あんなに焦ったのは、初めてぜよ」
「何で…。だって、もうあたしなんか…」
「いつ俺がそげんこと言った?名前を想う気持ちはどんどん強うなっとるのに」
「嘘っ……。あたし、こんななのに…」


雅治が変わらずあたしの好きな笑顔をしてくれるものだから。
あたしは、雅治の腕の中で涙を零した。
だって、すごく嬉しくて。
小さな悩みに溺れてたあたしが馬鹿みたいで。
そんなちっぽけなあたしの背中を雅治は優しく撫でてくれた。
こんなにも大事にしてくれてること、本当はずっと前から気付いてたはずなのに。
あたしは、自分で背負い込み過ぎたんだ…。


暫くして、漸く泣き止んだあたしに雅治は柔らかい声音で尋ねてきた。
あたしが、今まで何を思ってたのかと。


「あたし……、ずっと怖かったの…」
「怖かった…?」
「うん…。最初は雅治の恋人、ってだけで幸せだった…」


それでも、日に日に周りの目が気になり出した。
わざと聞こえるように放たれる陰口に押し潰されそうだった。
不釣り合いだ、とか、遊びだ、とか。
一緒に歩いてると向けられる痛いくらいの視線。
それを気にすればするほど、小さなあたしは益々小さくなっていった。
そんなことを相談して、愛想を尽かされるのが何より一番恐ろしかった。


「雅治といられるのは嬉しかった。でもっ、心から笑うと周りがどう見るかが怖くてっ…」


そう…。
作り笑いをするようになったのは、こんな風に思うようになってからだった…。


「もう少し、早く相談して欲しかったぜよ」
「…ごめん……」
「これからは、俺に任せときんしゃい。もう、作り笑いなんかせんでええようにしちゃる」


雅治のその言葉が、心にじんわりと広がるのが判って。
久し振りに何も気にせず笑えた。
これからは、何かあったらすぐに言おう。
あたしの彼氏は、こんなにも優しいんだから。










「お前らさぁ…、イチャつくのも大概にしろよ。前と全然違うじゃんかよ」
「そうかのう。変わりないはずじゃけど」


あれから数日経った今。
あたし達はどこに行くにしても傍にいた。
そのお陰で、私は普通に笑えるようになった。
だからか、毎日が何かと新しい気がする。


「何が変わらねぇだよぃ。そこら中でイチャイチャするようになった癖によ」
「名前が可愛いんじゃから仕方なか。まだ足りんくらいぜよ」


雅治の言葉を聞いて、あたしはまた心から笑った。


あたし、今が一番幸せ。
漸く、目一杯笑えるから。




.
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ