立海

□ゴールスタートは三年目
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冷え始めた夜のこと。
ふと気が付けば中学から付き合ってる彼女が複雑そうな顔して雑誌を見ていた。
二人でくつろぐこの時間、俺たちは大抵並んで別々のことをしているから雑誌を読むくらいなんら不思議ではなかった。
ただその顔が気になってちら、と覗き見ると何やらランキングがずらりと並んだページ。
険しい表情になるなんてなんの特集じゃか。
内容を探ろうと顔を近付けると偶然にもぱたん、と閉じられてしまった。
そのままガラステーブルに伸ばされた名前の手はいつの間にやら空になっていたマグを掴んだ。


「もう一杯飲もっかな。雅治まだ飲む?」
「じゃああと一杯だけ」
「お湯割?」
「ん。ありがとうな」


色違いのマグを差し出すと軽く笑った名前はキッチンに向かっていった。
物音が鳴り始めるのを待って、雑誌を手に取る。
向こうからこっちは見にくいし、今のうちに見てしまおう。
確かずらっ、とランキング表があるページで……。


(………そういうことか)


斜め読みをして内容を理解すると自分が情けなくなった。
名前を不安にさせるとは俺もまだまだらしい。
それを払ってやろうと思い、早々に雑誌を閉じて寝室に足を運ぶ。
名前には見つからないよう隠していたものをポケットに入れ、何食わぬ顔で元の位置に戻る。
……なんか緊張してきたな。


「はい雅治の」
「おん。なあ名前」
「なに?そんな真剣な顔して。何かあったの?」


今年二人で作った梅酒のお湯割を両手を温めるように持っている名前の瞳は優しい。
やばい、いざとなったらなんて切り出していいかわからん。
内心焦ってると名前の眉が下がった。
あ、これは……。


「……よくない話?」
「違うぜよ。じゃから、そんな顔せんで。な?」
「だって、雅治がそんな顔するときあんまりいいことなかったもの」


言われて確かに、と心の中で同意する。
真面目な顔で向き合ったときは大抵よくないことを告げてきた気がする。
…高校時代に一度だけした別れ話のときとか、喧嘩して罵倒したときとかその他諸々。
まあ今回ばかりは嫌な話じゃないんだが。


「あー、その。悪い話じゃなか。名前が悲しむような話とか、そんなんじゃないから」
「じゃあ、なんの話?」


多少緩くなった雰囲気の中、名前は未だにどこか身構えている。
そんな風にされると言い出しにくいんじゃけど……。
ああもうしっかりしろ仁王雅治。
随分前に決めてたことだろ。


「真面目に聞いてほしいんじゃけど」
「、うん」
「その………お、おれと、」
「おれ、と?」
「けっ、結婚、しません……か?」


予想以上にスムーズに言えない上に、ポケットに入れていたものは上手く出てこなくて。
開いて差し出すのに数秒要してしまった。
ああかっこわる……。


「これ、って……」
「とりあえず婚約指輪、です……。結婚指輪は、一緒に見に、いこ」


名前の顔も見れず、俯いてると沈黙がいやに続く。
そろりと上目で見ると驚くしかなかった。
だって、名前がすごい勢いで泣いてたから。


「デザイン気に入らんかった……?も、もしかして結婚したくないとか…!」
「ち、違うよっ……。ゆびわも、け、けっこんもうれしい、よ」
「じゃあなんで、」
「だって、こわかったんだもんっ…!ずっと、不安で、それで……!」


同棲を始めて三年。
名前はいつから不安だったんだろうか。
さっきの雑誌の特集は結婚に関するもの。
それでも、不安を口にすることなんか一度だってなかった。
結婚したいって、自分から言い出すこともなかった。
いつもそうだ。
言いたいこと我慢して、溜め込んで。

そんな強がりな名前に言いたいことは沢山あるけど、そんな想いも全部伝わるように力いっぱい抱き締めた。
それに応えてくれる名前が堪らなく愛しくて、つい俺も泣きそうになった。

しばらくして腕を緩めると、名前は涙まみれで笑ってた。
それは今まで見た中で一番きれいな笑顔だった。



ゴールスタートは三年目


そっ、とキスを贈ると恥ずかしそうにまた笑った。
ほんと、きれいな笑顔。
そう思うと自然と俺も笑ってた。
これからは、ずっと、ずっと、一緒。




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