たいとる

□ただいま(銀新)
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万事屋で働かせて下さい!と、押しかけてきた少年と共に過ごすようになって数日。
忘れた頃にちょこちょこ仕事が舞い込む程度の開店休業状態では、そうそうやることなどなく。

新八は暇を持て余して、家事に勤しむようになった。


毎朝同じ時間に出勤し、空同然の冷蔵庫に残る食材と格闘しながら朝食を作り、掃除をして洗濯をして、昼食を作り掃除の続きをし、買い物に行って洗濯物を取り込んで、夕食を作ると帰っていく。

他人がいる空間は落ち着かないが、悪くはなかった。
賄いさんでも雇った気分だなーと呟けば、好きでやってるんじゃねぇよ!と強烈なツッコミが返ってくる。


うん。やっぱり悪くないな。


週一のパフェを堪能して喫茶店を出る。
原チャに跨がり、ふと思い出したのは、初めて彼と会った日のこと。


「…ヘルメット、買っとくか」


いくら俺の頭が固くても、いつまでもノーヘルじゃ捕まっちまうかもしれねーし。金が入ると買い溜めしたがる新八が、原チャを出せとせがむことも多いし。

言い訳じみたことを心中で呟くと、馴染みのバイク屋へ向かう。



「銀さん、押しかけ女房が来たって本当かい?」


第一声がそれって、店員としてどうよ。


「はあ?いねーよ、そんなん。誰に聞いたんだよ」

「呑みに行ったときにお登勢さんが言ってたぜ?いい嫁さんらしいじゃねーか」

「あのババア…押しかけ従業員だよ。嫁じゃねぇし、第一アイツは男だって」

「そうなのかい?そりゃ、残念だ」


馬鹿げた噂を流してくれたもんだ。
冗談じゃねーっての。俺はもっとこう、ボンキュッボンでセクシーな姉ちゃんが好きなんだよ。

適当にメットを見繕って、ツケで購入する。


「それ、嫁さん専用にするのかい?」


そんなことを言ってきたから、とりあえず殴っておいた。
後でババアにも文句のひとつくらい言いにいってやろう。

原チャを数分走らせれば、自分で掲げた“万事屋銀ちゃん"の看板が見える。
新八が洗濯物を取り込んでいる姿があった。

所帯じみてるなー、と思いながら階段を上がる。嫁をもらったという下らない話が、頭に浮かんだ。


がた、と建て付けの悪い玄関のドアが音を立てる。今度また油を注しておかないと外れるかもしれない。

走り回っているらしい軽い足音を聞きながらブーツを脱いで顔を上げると、いつの間にか目の前に新八が立っていた。


「おかえりなさい、銀さん」

「あ?」

「おかえりなさい」

「あー…おう」

「……おかえりなさい」

「…た、ただいま?」


何度も同じ出迎えの挨拶をする相手に首を傾げながら、十年振りくらいに帰宅の挨拶を返す。
満足のいく答えだったのか、新八はニッコリと笑って道を開けてくれた。


「手、洗ってきてくださいね。すぐお茶入れますから」


台所に向かう小さな背中。
押しかけ女房が来た、という会話をまた思い出す。

少し気恥ずかしくも感じるが、胸の奥がほんのり暖かい。


「……やべ…」


ババアが流した噂は、あながち間違いでもなかったらしい。

約一回りも年下の少年に、こんな気持ちを抱くことになるとは。


とりあえず、次は合鍵を作りに行こう。
ヘルメットと合鍵を見た新八が、一体どんな顔をするのか楽しみだ。




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