たいとる

□はいはい(日乱)
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外気に触れた腕から全身に、ぞわりと悪寒が走る。

ぶる、と僅かに体を震わせると、首に掌を当てた。
伝わって来る熱が、いつもより高いのだけは分かった。

ぐ、ぱ、と手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。
力が入らない。握った拳は、じっとりと汗ばんでいる。


ああ、どうやら風邪をひいたらしい。


この所の気温は、昼夜でころころと変わっていた。暑かったり寒かったり。

そういえば、昨夕に会った男は盛大なくしゃみをしていたし、その前に会った子供は咳をしていた。

気が付かないうちに、どこかから貰ってきてしまったのだろう。


はあ、と熱を帯びた溜息をついて、彼は着替えを再開した。




  ばたばたばたばた



閑静な、という表現がぴったりだったはずの朝の空気が、派手な足音で打ち砕かれる。

近付いて来る霊圧に、日番谷は眉間の皺を深くした。


白地に十と染め抜かれた羽織を手に取った瞬間。



 スパァンッ


「おはようございます、隊長!お目覚めの気分はいかがですか?!」


前触れもなく開かれた障子。

朝からかなりのハイテンションで登場した副官の背後で、ひゅう、と木枯らしが吹いた。


「…最悪だ」

「え、風邪ですか?勤務前に四番隊に行って診てもらったらいかがですか?」

「………朝からテメーのテンションに付き合ってられるか…」



良好とはいえなかった気分が、更に下降する。


月に1度、遅刻魔でサボり魔の乱菊が早朝から日番谷の私室へ殴り込みをかけてくる。

彼女の斬魄刀と同じく気まぐれなその行動を疑問に思っていたのは、初めの数ヶ月だけだった。


「…隊長、本当に顔色が悪いですよ?」

「ああ、少し風邪気味なだけだ。いいから行くぞ」

「四番隊に、ですよね?」


にこにこと高圧的な笑顔で、乱菊は問う。

質問や確認の口調ではなく、それはほとんど命令に近い。


「執務室に決まってるだろ」

「四番隊の後に、ですよね」

「………」


こうなると、分が悪いのは日番谷のほうだ。
彼女は梃子でも意見を変えることはない。


「隊長?」

「……はいはい。行けばいいんだろ、行けば」

「ええ」



決して短いとはいえない時間を共に過ごしてきた2人だ。
多くを語らずとも分かり合える。

持っていた隊主羽織を纏いながら、日番谷は溜息をついた。


「…ったく、敵わねえな」

「それはこっちの台詞です」


思わず漏らした呟きに、乱菊はくすくすと笑いながら切り返す。

無邪気な笑顔。肩から力が抜けたのが分かった。


冬が近付くこの時期、護廷全体が慌ただしくなっている。

知らず知らず、日番谷も気を張り過ぎていたのかもしれない。



「紅葉狩り、行きたいですね」

「明日は非番だろう?」

「隊長も一緒じゃなきゃ、意味がないんですよ」




子供のように拗ねる彼女におざなりな返事をして、薄ぼんやりと明るくなっていく紫の空を見上げた。





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