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□第3章『手折られた花〜金盞花〜』
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1.


空を見上げるのは嫌いではない。


生きていた頃に見ることはなかった青い空を、死んでから見ているという事実に自嘲しか浮かばないが。




それでも、空を見るのは嫌いではなかった。



「また空を見ているのかい?」


穏やかな声に、冬獅郎はそちらを見た。


声と同じく穏やかな笑顔で彼を見る草冠は、肩まである黒髪を揺らしながら首を傾げる。

僅かに顔を傾けて話すのは、彼の癖らしい。


入学してわずか半年、冬獅郎は卒業間近の特進学級へ進んだ。

かつて2年で卒業した天才がいたらしいが、彼はそれを軽く追い越していく、と教師達が噂していたことを草冠は知っている。


「もうすぐ卒業だな」

「…そうだな…」

「冬獅郎は、死神になるんだろう?」

「………ああ…」


たっぷりと考え込みながら頷く冬獅郎に、草冠は肩を竦める。



「なあ、冬獅郎」

真剣な響きを含む声に、冬獅郎は眉間に皺を寄せた。


「大丈夫だよ、草冠なら」

「……そうかな…」

「何を不安がってんのか知らねーが、そんな顔してねえでいつもの無駄に自信満々な顔してろ。そのほうがお前らしいし、ツキも寄ってくるぜ」


彼らしい励ましに、草冠は笑いながら頷く。

「無駄に、とはひどいなあ。だけど、確かにそうだね」

小さな微笑みを返しながら、冬獅郎は再び空を見上げる。


草冠は彼の前の席に座ると、向かい合ったまま同じように青い空をその目に映した。



「君が何を考えているか、当ててやろうか?」

「は?」

「あの幼なじみのこと……違うかい?」

「ハズレだよ、ばーか。雛森のことなんか考えてねーよ」


少し昔を思い出していただけ。

口には出さず、冬獅郎は続ける。


「残念、違ったか。それにしても、冬獅郎…君もその口の悪さを改めたほうがいいんじゃないか?死神になってもまた、誤解されて敵を作るつもりか?」

「直す気はねーし、もう直らねえよ」

「またそんなことを…もし違う隊になったら心配で仕事にならないかもしれないじゃないか」

ふう、と溜め息をついて草冠は言う。

そんな彼に、冬獅郎はニッといたずらっ子のような顔で笑って。


「俺が隊長になったらお前が副隊長になるんだろ?そしたら、そんな心配はなくなるじゃねーか」

「……そうだな。約束、したからな…僕が隊長になったら、冬獅郎を僕の副隊長にして楽をさせてもらうって」

「逆だろ、それ」

「いいや?あってるよ」


そう言って、笑い合う。




冬獅郎が大声で笑うようになったのは、草冠と会ってからで。

友達は少ないが、冬獅郎を嫌う者は減った。


草冠には感謝している。言い尽くせないほどに。

言わないけれど。




晴々とした空は、卒業を目前にした彼らを讃えているようだった。




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