たいとる
□あー、暇(日乱)
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現世が浮かれている時期、つまり年末年始や長い休みの頃だが、死神の仕事は増える。人間というものは、地に足が付いていないと呆気なくその命を散らしてしまう。
こんな仕事をしていなければ、馬鹿なことを、と呆れることもできるのだが。
世間はゴールデンウィークとやらで旅行や祭りに繰り出している。
そして、死神である俺達は浮かれ過ぎた人間達の尻拭いに奔走する羽目に。
こういう時期は虚も多く出没する。
部下達へ指示を出しながら、俺達は事務処理に追われていた。
くあ、とでかい口を開いて欠伸をするのは、ソファに踏ん反り返った十番隊副隊長の職にあるはずの女。
「あー、暇」
「それは目の前の書類全部片付けてから言いやがれ」
「えー?」
「えーじゃねえ、仕事しろ給料泥棒」
殺意を覚えた俺に罪はないはずだ。
この忙しいときに暇だと宣えるこの女には、眩暈さえ感じる。
頭痛までしてきやがった。
夏にもなっていないのにこの暑さ。それにさえ辟易しているというのに。
「冷たいお茶、入れますね」
「…だから仕事しろって」
「しますよー。お茶入れたら」
「本当かよ…」
だったら俺の目の前にある山積みの書類は何だ。
俺の決裁が必要なのは既に終わり、これは松本の机にあった分だ。
溜息を零したときだった。
外から部下の声が聞こえた。
「七席の竹添です。日番谷隊長は御在室でしょうか?」
「入れ」
「失礼致します。十二番隊より報告書を預かって参りました」
「そうか。ご苦労だったな」
竹添が差し出す書類の束を受け取ろうと、立ち上がる。
瞬間。
視界がぐるん、と回転し、全身の力が抜けた。
倒れる、とそう思ったときには既に遅く、間近で竹添と松本の声を聞きながら、俺の意識は闇に落ちた。
気がつけばそこは四番隊の救護室で、俺は白いベッドに寝かされていた。
窓の外は夜の闇。月が存在を主張している。
「俺は…」
「倒れたんですよ。疲労と暑気中りだろうってことでした」
「…そうか。すまなかったな」
隣に佇む松本の声。安堵が滲む声音に、俺は素直に失態を謝る。
「仕事は…」
「今日の分は終わりました」
「松本が終わらせたのか」
「残ってたのは、ほとんど私の仕事ですから」
少しだけ眉を下げて笑う。
「本当は、倒れる前に休ませたかったんですけど…隊長、我慢強いにも程がありますよ」
誰のせいだ、という言葉を飲み込んで、それでも彼女を睨んでやる。
追い詰められなければ仕事をしない松本には呆れるが、彼女は彼女なりに俺を気遣ってくれているらしい。
「明日は非番にしましたから、ゆっくり休んでください」
「何言ってんだ。この忙しいのに、そんな余裕があるわけないだろ」
「ちゃんと席官と相談しました。明日は隊長が、暇を持て余す番ですよ」
にこりと笑って、俺の意見すら聞かずに告げる。
こんなとき、何かとサボってばかりいるこいつが副官でよかったと思う。
何だかんだやりつつも、いいコンビかもしれないと思う。
「仕方ねえな」と答えると、松本は満足げに頷いた。
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