BOOk

□朧銀の夢
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カンベエとカンナ村を出てから一年の月日が流れていた。

イブキはカンベエに毎日稽古をつけてもらっていた。故にその腕は一年前の今日とは生まれ変わったように見違えていた

イブキの今の刀裁きをみて、元農民だったと気づける者などいないだろう。元よりの才能なのか、または内で鍛えられた強固な精神力のおかげか、彼の成長にはカンベエさえも驚かされるものだった

いつか己を超える腕を手に入れるかもしれない、イブキと過ごす時間が重なるごとにそう感じた

「カンベエさん」

カンナ村を野伏せりから守ったからと言って、すべての野伏せりが殲滅された訳ではない。むしろ、カンナ村を筆頭に時代の流れは変わっていった

農民がサムライを雇い野伏せりを倒す、その方法が各地に自然と伝わっていくのは当然のことだった。よって、成功者として生還したサムライたち、つまりカンベエたちは野伏せりから目の敵にされていた

イブキはカンベエに任された物見から帰ってきたのだった。こうしてイブキ一人に物見を任せられることも十分な成長だった

「敵の気配はありませんでした。もう少し行った場所に死角が多い岩場に出ます、今日はそこで野宿、ですかね?」

「そうだな」

日暮れも近い。カンベエは言うことなしのイブキの提案に頷く

こっちです、と案内するイブキの後姿にカンベエは師としての誇らしさと、一種の戸惑いを感じていた―――





見張りを交代して一時間。カンベエは聞き覚えのない声色に驚く

「……う…っ…」

「イブキ…?」

己の傍にいる人間はイブキだけだ。呻き声の正体は彼以外、あり得なかった

カンベエが素早く彼に近づき、顔色を見ればひどいものだった

汗が大量に吹き出し、土気色の肌。触れるまでもなく、彼は高熱を出していた

「これは…!」

イブキの高熱の原因は早くに判明した。岩場地帯には生息しないはずの毒虫が紛れ込んだのか、イブキの手の甲を刺していた

恐らく眠りに入ったときにやられたのだろう。カンベエの記憶が正しければ、その虫は猛毒を持っていた。大の男が三日三晩、苦しめられ、死に至る者もいたものだ

「イブキ!しっかりしろ!」

カンベエはらしくなく、大声を上げた。その声には焦りの色が混じっている

「…か、……ん……ベエ…さん…」

息をするのも苦しいのに、必死に応えようとするイブキ。腕をいくら上げたところでまだ彼は成人していない。幼さの抜けない表情が、笑みを取り繕った

「…油断…し、ま…した…ね、おれ…」

「仕方あるまい…この場には常ならば居合わせないものだ」

「……なさ…け、ない…」

「…そう責めるな。水は飲めるか?」

カンベエが今出来ることは脱水症状を防ぐための水分補給だけだ。イブキを置いて薬草を取りに行くことも難しければ、夜にイブキを背負って歩くことは危険

竹筒の水を少量飲み、イブキが激しくむせる

カンベエの眉間が狭くなった。もし…という考えが浮かんだ

「……カンベエ、さん」

喉を水で潤したからか、もしくは彼の意地なのか。先ほどに比べると喋りはしっかりとしていた

「…サムライに、俺は…近づいている、でしょうか」

「………」

最期の言葉のようなそれにカンベエは返答に困る。イブキの瞳がカンベエを捉え続ける

彼の口はゆっくりと開かれた

「お前はもう十分にサムライだ、イブキ」

そうつぶやくと同時にカンベエの手は無意識に動いていた

「……そう、ですか」

弱っているから慰みでカンベエが与えた言葉ではない。イブキの全てを見越して、嘘偽りのない答えにイブキはほっと目を閉じた。そして――






次の日、イブキは全快していた

昨日の夜の出来事が嘘のように顔色も元通り、ぐっと伸びをするイブキに脱力してしまいそうだった

「ご心配をおかけしました!もう大丈夫みたいです」

へらっと笑うイブキにカンベエも吊られて口角を上げる。呆れと同時に安堵もやってきた

三日三晩、苦しめられると覚えていたはずなのに、これはどういうことか

イブキがたまたま耐性があっただとか、実はカンベエの思い違いだったとか原因は色々考えられる

「出発するぞ、イブキ」

「はい…あの、カンベエさん」

火の始末を済ませ、イブキの先を行くカンベエの足が止まる

振り返ればイブキが頬を掻いていた

「俺、昨日の事、よく覚えてないんですけど…」

あれだけ熱に魘されていたのだから無理もない。カンベエはイブキの言葉の続きを待った

「…何か、カンベエさんに尋ねて…それで、その後…えっと、違ったら、すみません…そのー…」

言いにくそうにするイブキの心中は手に取るように分かった

無意識ではあったが、カンベエはしっかりと覚えていた

「いくぞ」

幸いなことにイブキの記憶は朧気だ。カンベエはそれをいいことに彼の前を歩み進み、誤魔化した

「(やっぱり夢だったのか?)」

イブキは靄がかる記憶を辿り、昨夜の出来事を辿る

熱にうなされ、沸騰寸前の思考の中で最期かもしれない、そんな弱気な考えを吹き飛ばしたくて、つい尋ねた

サムライだと、彼は言ってくれた気がする

それはイブキの願望だったのだろうか。そしてもうひとつ

彼の大きなごつごつとした手が確かに

今はもう思い出すことは出来ないが、父のように優しく撫でてくれた気がしたのだった



終幕


カンベエ&イブキ話あーーっぷ!
すぐに思いついたネタでした。焦るカンベエと成長したイブキが書けてしあわせ!
カンベエはイブキの父ポジションであればいいです!師匠兼父!^^

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