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□スタートラインA
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「淋しくなるな」

比較的広い道から街灯も車通りも少ない細い道に入ったときに、杉が言った。
学校を離れてからの約五分間は、俺たちの間に会話は無かった。それはけして気まずい沈黙ではなくて、互いの同意の上でのようなもの。それをふと、杉が破った。

「…うん」

たった一人。
たった一人がいなくなるだけで、こんなに淋しい。
小さいチームだから、人数が少ないから、余計に淋しく感じるのだろうか。
いや、そのことを差し引いたとしても、俺たちの中でのタイさんの存在は大きかった。

「俺たち、タイさんのために何ができたんだろ」

ポツリと呟いた杉の言葉が痛い。
最後のコールド試合を思い出すたびに、あの時の悔しさとか情けなさとかがそっくりそのまま蘇ってくる。
この痛みだけは、どんなに泣き喚いても叫んでも、ちっとも消えてはくれない。

「…何にも、できなかった…のかも。だけど、」

だけど。
だから。

「来年は…明日からは、先輩たちのために頑張る。俺」

前方の暗闇を見据えながらそう言うと、杉は少し首をひねって、驚いたように俺の顔を見た。

「…そーだな」

ニッ、と笑う杉に、俺も笑い返す。

「そのためには大地はまず、イッチャン先輩からもーちょい頼られるようにならないとなー」

杉のその言葉はもっともだけど、あまりにももっともすぎて、球を打つ方ばかり考えていた俺は思わずぐっと言葉に詰まる。

う…確かに。

キャッチャー始めて四ヶ月にもなるのに、投球の組み立てはできないわ、試合のセオリーなんてのも全く分かってないわで、今の俺は全く先輩におんぶに抱っこの状態だ。情けない、ってことは自分でも分かってるけど。
でも、分からないものは、どうしたって分からない。

「きっと先輩だって辛いだろーから、早く何とかしてやれよ」

小さく唸っている俺に、杉が追い討ちをかける。
そりゃそーかもしんないけどさ。
でもでも。

「…でもイッチャン先輩、俺には何にも言わないもん」

「はぁ?毎日のようにバカバカ言われてんじゃん」

「ちげーってば!そーじゃなくて、愚痴とか弱音とかさー」

あの人の口からは、そんなもの一遍だって聞いたことが無い。俺は結構、無理っスーとかわかんないっスーとか簡単に口に出すのに。

「だからそんだけお前が頼りないってことじゃん」

「そーなの!?」

ギョッとする俺に、そーそー、と杉が返す。

そうかなぁ。
イッチャン先輩が辛いとか弱いとか言われても、俺にはやっぱり、あんまりピンとこない。
だってあの人はいつだって強気に見えるし…怖いし。

そんなことを考えているうちに、ここら辺で唯一のコンビニに差し掛かった。暗い道に慣れていた両目には蛍光灯十数本分の明かりはまぶしすぎて、思わず目を細める。

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