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□スタートラインB
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部室のドアに寄りかかってうずくまっている人影に気づいて、俺は思わず声を上げた。
ほんの3メートル先だったのに、今までちっとも気がつかなかった。それはもちろん辺りが暗かったせいもあるけど、それだけじゃない。
この人がずっと、一言も声に出さず、一歩も動かないでいたからだ。視覚以外の気配を俺に少しも感じさせずに。
今はもう月が照らしているから、その人の髪型も、体つきも、はっきり見える。自分の腕にうずめているから、顔は見えないけど。


「…イッチャン先輩?」


無反応。
それにはかまわず、ゆっくりと近寄って先輩の前にしゃがみこむ。
ひょっとして、タイさんの引退式が終わってからずっとこうしていたのだろうか。
先輩は両手で白いシャツの袖をぎゅっと握ったまま、ピクリとも動かない。
俺は先輩のつむじを見下ろしながら、改めて声を掛けた。

「先輩、どうしたんすか。具合でも悪いんですか」

やっぱり答えない先輩。
月光で青白く照らされた先輩の腕は、まるで石像みたいだ。

沈黙が続く。
静かさが耳に痛い。


「…センパイ?」


耐え切れなくなって、そっと先輩の肩に手を伸ばした。
その時。




「大地」




突然名前を呼ばれて、触れる前に手がピタリと空中で止まる。




「俺、もう、投げたくない」




それは、予想外の言葉だった。



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