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□お題
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普段からあまり話すことがない私と彼はやはり今日もいつも通りに話さなかった。
たとえ今日が私と彼のダブルス初戦でもそれは変わらなかった。
「仁王君、お疲れ様でした」
「あぁ…お前さんも」
互いを労う言葉さえこの程度だ。
丸井君とジャッカル君を見ていると過剰ではないかと思うぐらい言葉を交わしていたがあれが本来のダブルスペアなのだと再認識した。
同時におかしいのは私達のほうなのだと。
試合には相手が格下ということもあり勝利することができたが柳君の評価は当然のように厳しいものだった。
結果的に意思の疎通という点が今後の私と仁王君の課題とされた。
「…なぁ」
思考を巡らせていると不意に聞こえた声に引き戻された。
視線を向けると制服に着替え終えた仁王君が立っていた。
その姿を見て内心焦りながらも止まっていた手を動かしロッカー内からブレザーとテニスバッグを掴む。
「お待たせしてすみませんでした」
「いや…それじゃ、帰るとするかの」
床に置いていたテニスバッグを担ぎ部室を出る仁王君の後に続くように私も少しの距離を置いて部室を出た。
「参謀も急に何言い出すかわからんのぅ…」
数歩前を歩く仁王君が呟いた言葉に柳君から告げられたことを今実際にこうして守っていることに今更ながら意外性を感じた。
外見だけで判断するなら規則に従わないタイプのようだったから。
意思の疎通をはかるために柳君が私と仁王君に告げたのは一緒に行動するという簡単なようで私達には難しい方法だった。
「ですが柳君の言うことなら間違いありませんよ」
「…そうじゃな」
少し間があってそう言い突然立ち止まった仁王君に気付き足を止める。
「仁王く…」
「さっきから思ってたんじゃが」
仁王君の行動に戸惑いながらも話しかけるとそれに被さるように話し始めたので口を閉じる。
「後ろにおられても話しづらいぜよ……隣にきんしゃい」
振り返った仁王君は眉を寄せていてその表情からは困惑していることが窺えた。
仁王君のそんな表情を見たのはこれが初めてで、一瞬場違いのように高鳴った胸に慌てて片手を宛てがうと鼓動が速まっていた。
始まりの合図
End