◎タカラモノ

□あめよさんから文章
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【今年の夏は】





「椿さんは行きませんの?」

昼食をと人で込み合う時間も過ぎた昼下がり。
目の前には【マエストロ本日のおすすめパスタ】。

「……? どこへでしょう?」
「ですから、お祭りですわ。明日でしょう?」

くるくるとパスタをフォークに巻きつけていた手を止める。
いきませんの? という向かいの赤い瞳を見返して、再度パスタに目を落とした。

「わたくしはまいりません。なんでしたでしょう……今年はたしか、妙な催し物があるのでしたよね」
「ええ、ですから皆気合が入っておりますわ」

ふふ、と小さく笑った彼女に釣られるように頬が緩む。
ほわりと胸に感じるあたたかさが、一層パスタをおいしくしてくれるようだ。

「気合、と申しますと……彼岸花さまもではありませんか? 好い人がいらっしゃるのでしょう?」

さっと朱が差す頬に、たまらず笑い声が漏れる。
それなら気合も入ろうというものでしょうね、と続けると、何かしら言いくぐもったのち、当然です、と小さく口にした。
ふわふわと、水の入ったグラスが宙を漂う。
これは照れているのでしょうかとパスタを口に運びつつ、人目についていないだろうかと店内に意識を巡らせた。

「ご、ご一緒する約束はしていないのですけれど、この前お会いしたときに『一緒に行けたらいいな』とおっしゃってくださって……」
「まぁ……それは、お約束ではないのですか?」
「そ、それがわからないのですわ! 尋ねるタイミングを逃してしまって、ずるずるともう今日に……っ」

いろいろな色を織り交ぜた瞳が熱を帯びる。
不安を滲ませる声色には、けれどかすかな期待も含まれていて。
恋する乙女というものは、何とも可愛らしい生き物だと思う。

「今からでもお誘いさせていただければいいのですけど――ではなくっ、わ、私のことはよいのですわ!」
「まぁ、よろしいのですか?」
「よろしっ……くはありませんから、また後日聞いてくださいまし……」
「はい」

くすくすとほころぶ口元を押さえると、笑いすぎですわとじっとりねめつけられた。
怒られているのにまったく怖くない、睨まれているのに可愛らしく感じるというのは、どのようなフィルターが発揮されているのだろう。でれでれと『怒った顔も可愛いなぁ』などとのたまう全国の男性諸君の気持ちもわかろうというものだ。

「ええと……お祭りでーと? のおはなし、たのしみにしておりますね」

甘いものというのは、いくらいただいても飽きないものなのです。
下げられた皿の代わりに運ばれてきたミルフィーユをいただきながら微笑むと、まだ頬に赤みを残した彼女は、もう、と息を吐いた。

「……椿さんは行きませんの?」
「まいりません」

先程と同じ問いに同じ答えを返して、さっくりとした生地にフォークを突き刺す。

「行こうとは言われませんの? 彼、こういったことはお好きそうですけど」

そういえば、とベリーを口に運んでいた手を止める。
よくよく考えれば、こういったイベント事に誘われたことはあまりない気がする。
軽く言われることはあるものの、端からこちらが行くとは思っていないようだ。

「はぁ……そういえば、あまりおっしゃられたことはありませんね……」
「あら、それは意外ですわ」


――本当に、行かないんですの?










「まいりませんし、いきたくもございません」
「は?」

風呂上り、縁側で涼をとる背の君の横に座ってきっぱりと告げれば、彼はわけがわからないというように首を傾けた。
拍子に、充分に乾かしていないのだろう髪から、ぽたりと水滴が落ちる。

「いえ、本日は彼岸花さまとランチをいただいてきたのですけれど――」
「えーいいなぁ俺も一緒したかっいたいいたい」
「ランチをいただいてきたのですけれど」
「ひゃい」

抓っていた頬から手を離し、背の君の後ろへと回ってタオルを取る。

「明日は夏祭りでしょう? いかないのかと問われたのです」
「え? 椿ちゃん行くの?」
「ですから、まいりません。蒲公英さまはいかれるのでしょう?」
「あー、どうすっかなー」

髪の水分を取りながら、タオル越しに軽く指圧する。
浴衣はご用意しておりますよ、とも申し上げてみるものの、どうにも歯切れが悪い。

「いかれないのですか? 屋台、たくさんでておりますよ?」
「や、だって椿ちゃんいかないだろ? 野郎だけで行くっていうのもさー、なんかむなしい」
「いつもその『野郎だけ』ででかけていらっしゃるではありませんか」
「だって夏祭りだぜ? カップルの割合考えるとさみしい」
「クリスマスよりはましでしょう」
「それとはまた違うむなしさがある(;д;)」

よくはわからないが、そういうものらしい。
それならなおのこと今年は辛いだろうな、と通した企画書の書面を思い出した。
そして、思い出して気付いた。
昼間食事を共にした彼女があそこまで祭りのことを気にしていたのは、だからなのではないだろうかと。

「……蒲公英さま」
「んー?」
「おまつり、いきたいですか?」
「行きたいって言ったら、一緒に行ってくれる?」
「おのぞみなのでしたら」

髪を拭かれている体勢のままこちらを仰いだ背の君の目が瞬かれる。
意外だと言いたげなその視線に、心外だと軽い溜息だけで嘯いた。

「なに? 行ってくれんの?」
「はい」

こういったイベント事にそれほど興味はないし行きたいとも思わないだけで、行こうと思えばいけると思う。
人ごみは好きではないが触れさえしなければ平気なのだし。

「ですから、おのぞみでしたらまいります」

ぱちりと、澄んだ瞳が瞬く。
かち合った視線が逸らされて、考えるように宙を泳いだ。

「んー……やっぱいいわ。他の奴と行ってくる」
「さようでございますか」

ではやはり浴衣をお出ししておきますね、と袖から取り出した椿油を髪に馴染ませる。
むなしいだのどうだのと言ってはいても楽しみではあるらしく、金魚すくいや浴衣美人がどうだと楽しそうにしていた。かわいい。
たしかに可愛らしいが、嬉々としてその浴衣美人とやらに声をかける様がありありと想像できたため、先払いだとばかりにこめかみをぐりぐりしておいた。

「たしかに、明日は浴衣のまぶしい女子たちであふれかえっているでしょう。けれど火遊びは?」
「しませーん」
「蒲公英さまはすてきなかたですから、声をかけられることもあるでしょう。それでもさそいには?」
「のりませーん」
「あなたさまのことですから、調子にのって女子に手をあげられることがあるやもしれません。しかし?」
「できるだけ喜ばないようにしまーす」
「わたくしへのおみやげは?」
「チョコバナナクレープにベビーカステラー」
「よろしゅうございます」

口先だけの戯れに満足して、よくできましたと頬を撫でる。
へらりと破顔して手のひらにすり寄せられる頬に、ずきゅんと何かが打ち抜かれた気がした。

「まぁ明日は行かなくていいからさ、花火しようぜ」
「花火、ですか?」
「そ。花火」

痛みのある髪に指を通すと、まだ乾ききっていない髪がしっとりと指になじんだ。
花火、と口の中で繰り返して、もたれかかってきた頭を撫でる。

「花火、とおっしゃいますと……うちあげるのですか?」
「や、手持ち花火。したことねぇの? あと線香花火みたいなおもちゃ花火とか」

ロケット花火とかもいいよなーと首筋に顔を埋めようとしてきた頭を抑えて、どんなものだろうかと頭を捻る。
打ち上げられた花火は見たことがあるし好きではあるが、手持ち花火というものはよくわからなかった。
そういえば幼いころ何度か知人にやるかと尋ねられたこともあるような気がするが、結局することも見ることもないまま流してしまっていた気がする。

「打ち上げみたいな派手さはないけどさ、手持ちも風情があるもんだぜ? えっと、風流? みたいな」
「そうなのですか?」

それは是非見てみたい。
やってみとうございます、と甘えるように袖を引くと、じゃあちょっと待っててなーと奥の部屋へと消えていった。立ち上がり際、こちらの額に唇を落としていくことを忘れもせず。
こういうあたり、この方はちゃっかりしていると思う。

ふぅ、と軽く息を吐く。
触れられた額から意識を逸らして、ぱしゃりとはねた鯉を眺めた。

世間知らずではないつもりなのですけれど、とひとりごちる。
花火ひとつにしても、言われてみれば気にかけるものの、そういえばずっと流していただけだったなとぼんやりと思った。
長年引き篭もっていた弊害はいたるところにあるようだ。

何にせよ、この夏はまだ長い。
今年は流しそうめんでもしてみようかと、大きな袋を引きずってきた想い人に苦笑した。





「これすべて……おおくありませんか?」
「え? まだあるぜ?」
「Σそ、それほどっ……」
「いっぱい(`・ω・´)








ぽーつばで花火ありがとうございます!
相変わらず椿ちゃんに調教してもらえてるようで安心しました(´∀`*)
彼岸花ちゃんが安定でかわいいですv
ありがとうございました!




          
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