◎タカラモノ

□あめよさんから文章
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【わたしのにちじょうきろくそのに。】





ご主人の布団の中はご主人の匂いでいっぱいだから好きだ。
時刻的にはもういい時間なのだろうけれど、この空間から出ようという気にはならない。

『シロ、シロ。朝餉のしたくができましたよ。おきて水浴びをしていらっしゃい』

ご主人は毎朝そう起こしにきてくれるけれど、わたしがそのときに起きれたことは一度もない。
一向に起きようとはしないわたしに、困ったような諦めたような。そんな曖昧な笑みを浮かべて優しく撫でてくれる手が好きだから無理に起きようと思わないのだと知れば、ご主人は怒るかもしれないけれど。
ついでに言えば、黄色い物体が仕事とやらに出掛けてから起きだすわたしに、微笑みながら朝食を用意してくれて、食べ終わるまで微笑ましそうに見ていてくれるのはもっと好きだ。


けれど、そんなご主人は今日はいない。
昨日の夜、明日は朝早くから逢引に出掛けると言っていた。
わたしもついてきてもいいと言ってくれたのだけれど、たまには二人きりでいたほうがいいだろうとわたしなりに判断した結果、黄色い物体の頭をかじって丁重にお断りの意を示した。
今頃、黄色い物体が他の雌にうつつを抜かしてご主人の怒りを買っていないだろうかと思いつつ、もそもそと布団から這い出して、布団の端をくわえて日向まで引っ張り出す。
食事の用意はしてくれているから、何か食べようと居間に向かいかけたとき、玄関のほうから音がした。

「やっほー椿ちゃん。回覧板でーす」

幼い声がする。
どたどたと足音が響いて、すぱーんと障子が開けられた。

「あり? シロ君だけ?」

困ったなぁ、と首を傾ける子供。拍子にふわふわとした髪が揺れて、なんとなく飛びつきたくなった。
けれどこの子供、なんとなく見覚えがあるような気がする。
わたしが覚えているのだから、何度か見たことはあると思うのだけれど。
思い出せない。
回覧板ならわたしがあずかる、という意を込めて足元まで近寄って鳴いてみたけれど、よしよしと頭を撫でられただけで、こちらの意図は伝わっていないようだった。

「うん? 椿ちゃんがいなくて寂しいの?」

シロ君はご主人様っこだねー、と笑って、また頭を撫でられる。
撫でられるのが思いのほか不快だったので尻尾で軽く払っておいた。
ご主人以外に撫でられるとこうも不快になるのか。覚えておこう。
そういえば、前にもこんなことを思った気がする。

「でもどうしよっかなー……これ結構大事な書類なんだけど…」

回覧板じゃなかったのか。ならさっきのはなんだ。
鞄から取り出した紙をひらひらと振りながら、ぱたぱたと動き回る子供。
そういえば、ご主人はよくああいう紙に判を押していたり署名していたりする。
これがわたくしのおしごとなのですよと微笑みながら頭を撫でてくれたことは記憶に新しい。
それと同じだろうか。

「これはねー、宣伝も兼ねて今度うち主催でパーティーするから、その概要書と諸々の承諾書でーす」

じっと書類を見ていたからだろう。
子供はひらひらと揺らめかせていた紙を机の上に置くと、えっへんと胸を張って説明し始めた。
聞くに、この子供は社長らしい。
子供が社長の会社など、逆にひかないだろうか。
けれど社長と言うからには、この子供にはそれなりのものがあるのだろう。

「だからね、椿ちゃんのサインがほしいんだけどー…お留守だったんだね、ぽーちゃんがおやすみだから家にいると思ったんだけど…」

くるくると活発そうに動いていた瞳がわずかに陰る。
なんとなく、一応仕事の話(?)とやらで来たらしい子供に対し、ご主人は今男と遊びに出ているとは伝えにくかった。
ご主人の代理として、とりあえず失礼のないように子供の足元にすり寄ってぱたぱたと尻尾を振って、書類を預かるという意を示す。

「ん? あーちゃんと遊びたいの?」

断じて違う。
むしろ子供は嫌いだ。というよりご主人以外は好きではない。
けれど、にこにこと笑顔を振りまいている子供に噛み付く気にはなれなくて。

とりあえず、ご主人が帰ってくるまでの相手をしていようと思った。








シロくんかわゆい(´∀`*)
紫陽花をだしてもらいました!
きっとよく椿ちゃんの家でシロ君にあそんでもらってるんだろうなとか←


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