◎タカラモノ

□独楽さんからの頂きもの
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【時には強引に】





 柔和な微笑みとかそのような限定的なことだけではない。あの娘のせなを見かけるだけで心が踊り、たおやかな瞳を見つめれば激しく沸き立つ鼓動が耳元で脈打つ。透き通った声色に心持は穏やかに、微風に青みがかった紫色が乱されれば春風にさえ嫉妬する。どれほど言葉を並べ連ねた所で形容しきれないあの娘の美質は、アンタが一生涯熟考を重ねたところで到底理解できるはずがない。それらを一息で述懐するとへぇと感心した様子で何度か首を上下させた。少々思案を繰り返し、何かに納得したそぶりを見せ口を開いた。

「つまりですね、」
「あぁ」
「僕がクラゲを大好きなのと同じくらい、竜舌蘭くんはトリカブトさんのことが大好きなんですね!」

 ゴンと鈍い音が響く。春陽がぽかぽかと降り注ぐ古ぼけた縁側には、目を見張るような背の高さの和装の男がきっちり正座していた。それだけの描写であれば引き締まった印象を受けるが、なかなかどうしてしっくりしない出で立ちであった。甚平からすらりと伸びる足にひどくちぐはぐ感が否めないのは下衣が膝上までしかないからなのか。そんな男の傍らで不機嫌そうに腰をかけたまま苛々と足を踏みならした。

「何するんですかー。痛いですよ〜」
「アンタは僕の話の何を聞いていたッ!!その耳は単なる飾りかッ」

 あの娘に詫びをいれてこいと執拗に殴りつけるが、細くて軽くて丈夫という煽り文句に嘘偽りはないようで、微塵も痛そうな素振りを見せない。へらへらと笑ってはうぇーなどとぬかし自分で頬を引っ張り伸ばしていた。その言動自体が腹立たしいものであるが、それ以上にあの娘に対し海洋生物を引き合いに出す愚行そのものが見過ごすべき言動ではない。業腹な態度に絞め殺してやろうと使い慣れた縄を手にするも、顔に似合わずその巨躯が立ち上がれば腕は届かずあっさりとかわされてしまう。

「僕を愚弄しているのか」
「自分はただ竜舌蘭さんとコミュニケーションを取ろうとしているだけですっ」

 そんなものを僕は求めていない!と言い立てるが特に気にする様子を見せずに、今度は竜ちゃん竜ちゃんとばたばた跳ね始めた。当惑し顔をしかめる以外に何もできない無力な自分が不甲斐なく、無意識に歯ぎしりをたてる。どこで道を見誤ったのか。思い返せば、あの遊宴こそが全ての元凶なのではと自分の不運を呪った。

***

「本当に行かぬのか」
「人混みにおもむくくらいなら、此処で野たれ死にする方が幾分かマシだ」
「どうせ死ぬんじゃったら、自分の家で頼むぞ」

 そんな他愛ないじゃれ合いを終えると襖を閉め、やがて廊下からの軋む音が遠退いていった。料亭での宴会など胸糞悪いことこの上ない。忌々しい話を頭の隅に追いやり、狭い一室に綺麗に五十音順に陳列された書物を見ては気持ちを鎮める。瓢箪に貸し与えられた部屋ではあったが、荒らされている形跡は見当たらなかった。本棚に少しだけ溜まっていた埃を拭き落としては畳に寝転んだ。無音の世界に落ち着き瞼を閉じる。この睡眠を阻むものは何一つない…はずだが。何故か悪い予感に胸のざわめきを拭いきれず、何度寝返りをうったところで寝つけなかった。気がつけば随分と時間が経ったようで、玄関からの呼び声に返事をして向かった。すまないなと酒瓶を運びながら瓢箪は一瞥した。

「店に置いてある酒をいくつか持ってきてはくれぬか」

 特に返事もせずに表の酒舗に回ろうと靴を履こうとした折に僕も手伝いますよと声が聞こえたかと思えば、次には打ちつけるような音、そして呻き声。

「…」

 よくよく見ればかなりの長身の人物が、鴨居にでもぶつけたのか頭を押さえている。怪訝そうな表情を浮かべる僕にすかさず瓢箪が補填する。

「流石にわしとお前さんでは運びきれないだろうから、そこの昼顔と蒲公英にも手伝いに来てもらった」

 戸外に視線を投げればよぉと片手を挙げて挨拶する青年。いつもながらに不快で特に意識する必要はないが、昼顔と呼ばれた男には何か違和感を感じる。

「俺、力持ちなんで運びますよ〜」
「じゃあ、俺の分も代わりに全部運んで☆」

 うぇと表現のしようがない言葉を口にしては無理ですよ〜と言う昼顔に、からからと笑い声をあげる蒲公英。無意味な馴れ合いに付き合う気も起きずに酒屋の方へ気持ち早足に進むも、昼顔は話かけてきた。

「あ、自分は昼顔って言うんですよっ。浜ちゃんって呼んでくださいね」
「…」

 誰が呼ぶかと内心で吐き捨てる。渾名の所以への欲求よりも相手をしたくないという想念の方が遥かに勝っていた。それどころかこいつには関わるなと第六感が警鐘を鳴らしている。瓢箪に押し付けようと瞥見するが、蒲公英と談笑している…と言うよりは揶揄されているようであった。

「ところでですね、ナマコって可愛いと思いませんか」
「…」
「そういえば僕ってここに来たばかりで友達いないんですよね〜」
「…」

 話の脈絡が掴めずに眉間の皺が増えていく。こいつは何をわめいているのかと、今一つ飲み込めない状況に憤懣が鬱積する。次第にその足を止め、その大男を睨み据える。視線を交わすと何か閃いたように手を叩き合わせた。

「友達が居ない同士、お友達になりましょう!」

 僕に拒否権はないのか。いやそれ以上になにゆえこの男は僕に友垣が居ないと決めてかかったのか。我を忘れ掴み掛るのにそう時間はかからなかった。

***

 再度座布団にぼふっと座りこみ、それにしてもと昼顔は付け加えた。

「竜舌蘭くんは小さいですね〜」
「アンタが大柄というだけの話だ」

 幾度も頭部を撫でさすろうとする手をはたくが、執念とも意地ともつかぬその所作に抵抗を放棄するしかなかった。触れる感触に全身の毛が逆立つような感覚、そしてぞくぞくっと鳥肌が広がっていく様相にこみ上げる嘔吐感はどうすることもできない。それでもこの男を憎みきれずにいるのは、どことなくあの娘に似た印象を受けるからなのか。しばらく思案するがそれはないなと頭を振り、己の愚劣極まりない雑念を強く恥じた。

「僕の花言葉って、友達のよしみとか絆なんですよっ」
「…」
「挨拶もしたので、俺と竜さんは友達ですね」

 不意にぽぽぽぽーんと両腕を広げてはその場で跳ねはじめた。屈託ない笑顔を浮かべてただ楽しそうに、お祖母ちゃんは嬉しいですと一言述べた。誰が老婆だと思うも横目で見ては、閑却することに尽きるなと自分の中で納得する対処法を見出した。






お友達記念の昼顔くんと、うちの蒲公英を出していただきました!
やっぱりカオスwww
これからどんどん絡めていけると嬉しです(´∀`*)

          


       
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